現代書館

WEBマガジン 12/01/11


第三十四回 鈍感な日本の今日

斎藤美奈子


森達也さま

『「僕のお父さんは東電の社員です」』、ありがとうござました。

>老練な菊地さんの策中にはまったという気がしないでもないけれど。

そうでしょう、そうでしょう。術中にハマってはじめてできる本てありますからね。ここは菊地さんの策略勝ち、でしょう。
 で、今回はこの本の感想を書くつもりでいたのですが……ごめんなさい、まだ読んでません。というか、正直に白状しますと、「次に読む本」の山の 中に入れてたら(ふつうは本棚に入れるのでしょうが、本棚なんてもう入れるスペースありません。森君もそうだと思うけど)、この山がふくれあがり、雪崩を おこし、その上にまた別の資料の山が堆積し、地層をなして、気付いたときには発掘困難な状況に……。けっしてご著書をないがしろにしたわけではなく、これ が私のデフォルトなんです(泣)。読むためには、部屋の掃除を徹底的にし直すか、本屋さんに走るしかない。山、雪崩、堆積、地層、発掘などの言葉が、私の 場合、比喩ではなくて実態であるところが、われながらおそろしいです。
 というわけですので、ご著書の感想は次回にまわし(ちゃんと読みますとも、もちろん)、今回は別の話にさせてください。

久方ぶりの「北朝鮮」問題。2009年の「ロケット」と「ミサイル」の話、そうでしたね、思い出しました。

>震災以降、「東電と政府とメディアが一体化して国民に嘘をついている」との批判をよく耳にするけれど、東電と政府はともかくとしても、メディア は(基本的には)嘘はつかない。(略)そのかわり「将軍さま」のように、事象の四捨五入を恣意的に行います。より刺激的になるように。視聴者や読者が喜ぶ ように。

 そりゃそうですね。刺激を与えたいという欲望が現代人には根深くあるので、私たちがいくらメディア批判を青臭く繰り返してしも、「四捨五入」「取捨選択」「強調」「誇張」といった方法論が払拭させることはありえず、体質改善もむずかしいように思います。
 北朝鮮の動向を伝える報道も、いっけん「罪がない」ように見える自然もののドキュメンタリーも、その意味では同じで、〈個々のディレクターや記 者が抱く「少しでも多くの人に観てほしい」とか「少しでも多くの読者に読んでほしい」などの願望は絶対に否定できない〉し、〈サービス過剰になったり刺激 性を前面に押し出す危険性〉は常にある。
 まー、学者とかはさ、少しは読者に対する「サービス」や「刺激性」を考えてほしいと思いますけどね(あの人たちこそ「市場原理」を少しは意識したほうがいいですよ)。

 でね、その流れでフィクションの話をしたいと思うんですが……。
 先日「次に読む本」の地層の中から発掘して読んだ本に、川村湊さんの『原爆と原発ーー「核」の戦後精神史』(河出ブックス・2011年8月刊)っていう評論があります。
 4月に現代書館から出た同じ川村さんの『福島原発震災記──安全神話を騙った人たち』は、早く出すことに意味があったような気がしますが(この 本も菊地さんたちの策略勝ちで緊急出版することになったような気がしてきたぞ・笑)、『原発と原爆』は、川村さんの本来のテリトリーである文芸評論です。
 簡単に申しますと、「ゴジラ」「アトム」「ナウシカ」「AKIRA」などの映像作品(マンガ)と、井伏鱒二『黒い雨』とか、永井隆『長崎の鐘』 とかの原爆文学から、日本人の「核」(原爆と原発を含む)に対する感受性をさぐった本です。「ゴジラ」は水爆実験の落とし子で、「アトム」は「原子力の平 和利用」を体現するような存在だったとしたら、「ナウシカ」と「AKIRA」は「最終戦争(核戦争)後の世界」を舞台にしている。しかるに、これらの作品 は「核」をどう描いてきたか……というのがテーマなんですが。

 結論からいうと、日本人(というか日本文化)は、サブカルチャーも文学も、核に対しておそろくし鈍感だった、といわざるをえない。
 「AKIRA」なんてさ、いわれてみれば、まったくその通りなんだけど、核戦争後の東京(2019年という設定)が舞台で、核爆弾が落とされた 東京一帯は立ち入り禁止区域となり、市街地に「爆心地」と呼ばれる巨大なクレーターがあり、首都機能は東京湾上に新しく埋め立てられた「ネオ東京」に移っ ているわけですよ。それなのに、核爆弾による放射能汚染の影響が、まったく描かれていない(そもそも首都機能の移転先だって爆心地から近すぎる!)。
 考えてみると「AKIRA」に限らず、SF映画でさんざん描かれてきた「核戦争後の世界」は、放射性物質の影響は、ほとんど視野の外にあった。 で、私たちはそれを、これまで、特に不思議とも思わず受容してきたんですよね。おもしろい、いやおそろしい話でしょう(この話をどこかでするときは、川村 湊さんの名前も出してあげてね)。

 そして「風の谷のナウシカ」です。「ナウシカ」は核戦争と明言されてはいませんが、「火の七日間」と呼ばれる最終戦争年後の世界が舞台です。あそこに出てくる「腐海」は放射能汚染地帯、「瘴気」と呼ばれる有毒物質は放射線物質がモチーフといっていいでしょう。
 その意味で、「ナウシカ」は、核物質の処理がいかに厄介であるかを認識している作品なんですが、しかし、この作品(公開されたほうのアニメ) は、希望のみえる結末で終わります。ナウシカは腐海で、こっそり植物を育てています。清浄な水と空気で水耕栽培された植物には特別に力がある。植物は地中 の毒を根から吸い上げて無毒なものに変える、つまり腐海の森には「自浄作用」があるわけですね。自然には治癒力があるのだ、と。
 このラストが見る人に希望を与えるのは事実です。しかし、じゃあ現実の原発事故の場合はどうなのか。「自然の治癒力」が期待できるのか。無理ですよね、そんなの。

 で、ここから先は私の妄想なんですが、いま福島で起きていること、あるいは福島に対する政策に「AKIRA」や「ナウシカ」の影響はないのだろうか、と思うのです。
 たとえば原発事故の影響があった地域で行われている「除染」。
 環境省は12月11日、〈自然界からの被ばくを除く追加線量が年間1〜20ミリシーベルトの地域での除染方法をまとめたガイドライン案を同省の有識者検討会に提示した〉そうですが……。

NHKのニュースサイトから引用としますと……
……………………………………………………
 建物、道路、土壌、草木など対象ごとの除染手順が示されています。建物では、むやみに水を使うと放射性物質を含む水が周辺に飛び散り、汚染を広 げることになるので、高圧洗浄機も落ち葉やこけなどを手で取り除いた後に使うことで、できるだけ水の量を少なくしたり、排水はバケツで回収したりすること が望ましいとしています。
 一方、除染で出た土の保管については、土の濃度や量ごとに適した保管容器の種類や住民の居住地域から隔離すべき距離が示されています。このう ち、住宅の除染で出る4立方メートルほどの土を庭などで保管する際には、土のう袋に入れて防水シートで覆いをしたうえで、家屋から1メートル以上隔離する ことや、2万立方メートルほどの大量の土を地域で保管する際には、住宅から4メートル以上離れた場所に仮置き場を作り、大気中や地下水の放射線量を定期的 に測定することで、安全を確保する必要があるとしています。
……………………………………………………

 できるだけ水を使うな、水はバケツで回収しろっていわれても、その水はどうするのさ。
 だいたい「除染」ていうけど、「汚染物質を取り除く」のは事実上不可能で、あれは「除染」ではなく「移動」なわけですよね。それでも学校や公園 や住宅地の「除染=移動」は、必要だとは思いますよ。思いますけど、保管場所が確保できないことを見ても、原発事故後の日本が放射性物質の封じ込めに失敗 した(しつつある)のは明らかでしょう。
 放射性物質に対する、こうした鈍感さ(ひいては対策の遅れ)の背後に、「AKIRA」や「ナウシカ」に代表されるフィクションの影響がないといえるだろうか。核に汚染された世界のほんとのこわさを、だって誰も描いてこなかったんだから。

 これ以上の放射性物質の拡散を防ぐには、福島第一原発の半径10キロ圏なり20キロ圏内なり、ともかくすでに汚染された地域に、ガレキや取り除いた土や葉を集めて閉じ込める以外に手立てはない。それはみんな薄々感づいているはずです。しかし、表立って言う勇気がない。
 貴君がおっしゃるとおり冤罪の可能性が高い(言ってもいない)「放射能つけちゃうぞ」発言ひとつで、鉢呂経済業相が辞任を迫られる国ですからね。
 日本人が核に敏感だったのは、第5福竜丸が被曝した水爆実験(1954年)の直後だけだと川村湊さんは書いていますが、こんどの原発事故に関し ても、日本中が固唾をのんで「放射能の行方」を見守っていた夏ごろ(それとも春?)までで、その後は、なるべく考えないようにしている、のが現状ではない かと思います。日本の為政者は、未来の生活を犠牲にして、いま生きている人たちを選んだってことでしょう。未来のことは未来のやつらが考えろ、と。


東北の城めぐりはどうでしたか?

 東北新幹線=東北自動車道の沿線地域は、(ツーリストの目で見た限りは)日常がもどっているように見えました。平泉の観光客も多かった。世界遺産効果はスゴいですね。
 しかし沿岸部にいくと、話はまるでちがうのでしょうね。松島に一泊したのですが、松島はともかく、すぐ東隣の奥松島までいくと景色は一変。重機 がひんぱんに出入りし、ガレキはかなり撤去されていましたが、窓ガラスを失った住宅が平地に並んでいる光景の「廃墟」感は強く、これが津波の爪痕かと思い ました。いちはやく現地に飛んだ森君が見たであろう風景とはきっと違っているはずですが。
 あ、城ね。10月にいったのは盛岡城だけ。城がすごいのは西日本ですね、やはり。11月には天空の城と呼ばれる兵庫の竹田城に行って……という話をはじめると、長くなるのでやめます。

今回は私が遅くなったので、次回の森君の締め切りが15日というのは厳しいですよね。ごめんなさい。私がいうと菊地さんに怒られそうですが、遅れてもかまいませんので。次の斎藤締め切りの12月31日は死守しますので。それで帳尻を合わせます。

斎藤美奈子

【最新記事】
GO TOP
| ご注文方法 | 会社案内 | 個人情報保護 | リンク集 |

〒102-0072東京都千代田区飯田橋3-2-5
TEL:03-3221-1321 FAX:03-3262-5906