現代書館

WEBマガジン 12/09/20


第四十四回 社会の集団化、そして尖閣問題について

森 達也

美奈子さま

>今日までレスをサボっていたのは、忙しくてなかなか書けなかったという理由もあることはありますが、もうひとつは「何書いたらいいかわからなくなった」のも理由のひとつです。

 人ごとじゃないです。そもそも最近、また政治や社会問題に偏った床屋談義が互いに増えていない? 特に3・11以降、どうしても原発やら瓦礫処理やら民主党やら小沢やらで、この手の床屋談義をせざるを得ない状況に、ずっと(気持ち的に)追い込まれている。だから僕たちレベルのアンテナや知識や素養でも、ついつい何か書いたり言ったりしたくなる。
 ならば今回はがらりと趣を変えて、と書きたいけれど、例の大津いじめ自殺問題については、一言だけ書きたい。いじめ自殺そのものじゃないです。その後の社会状況について。
7月23日の朝日社会面に掲載されていた「暴走するネット情報」によれば、三人の中学生の親類が勤めているとされる病院に、「人殺しの親族を病院が雇うのか」「今から行くから待っとけ」などの匿名の電話が殺到したそうです。電話は最初の三日間だけで200件。他に無言電話が500件。救急患者の受け入れにも支障が出そうになったと書かれている。ところが名指しされた病院職員は、生徒とはまったく無関係。ネット掲示板への投稿がきっかけで、こうした事態が起きたらしい。
 この場合は人違いだったわけだけど、でも人違いでないにしても、こんなことが許されるのだろうか。以下に記事の後半をそのまま引用します。

学校前に二十人
 「いじめに抗議しよう」という掲示板の呼びかけに応じ、自殺した生徒が通った学校前に来た人たちに話を聞いた。
集まったのは約二十人。手製のプラカードを掲げた男性は、ネットで入手したという加害生徒とされる三人の「実名」と顔写真を貼り「死をもって償え」と書きこんでいる。

 イジメとは抵抗できない誰かを大勢で叩くこと。孤立する誰かを追い詰めること。ならば彼らがやっていることは、かつて三人の中学生がやっていたことと、本質としては何が違うのだろう。
いじめ自殺が社会問題化することは、これまでにも何度かあった。でも今回はあまりに凄まじい。この要因の一つには、もう一年以上も東京電力や政府に対して多くの人が抱き続けてきた「なぜ事実を隠蔽するのだ」との憤りや鬱憤が、学校と教育委員会のお粗末な対応で一気に出口を見つけたという側面はきっとあると思う。そしてもうひとつは、やはり3・11以降、社会の集団化が加速していることの表れなのだと思います。多数派にとって少数派を叩くことは、自分たちが多数派であるということの確認でもある。   
 ならば書き込みが増えれば増えるほど、この傾向は増大する。止まらなくなる。だって少数派(社会の異物)を叩くことで、絆や連帯をより強く確認できるのだから。
 なぜいじめはなくならないのだろうとの声をよく耳にするけれど、社会そのものが中学校のクラスのようになっているのだから、なくなるはずがない。
……まあ確かにこれほどに叩けば、今現在日本のどこかで行われていたいじめは、さすがに減るかもしれない。それは決して悪いことじゃない。でもおそらく、社会全体がこうした傾向を充填させるかぎり、それも一過性でしかないと思う。むしろ社会全体が中学校のクラス化しているのだから、これからはさらに陰湿な手口を使いながら増え続けるかもしれない。

 書くのはやめようといいながら、床屋談義をもうひとつ。でもこっちはかなり深刻だ。尖閣問題。最悪の事態が起きかねないほどに緊張が高まっている。石原都知事のパフォーマンスめいた尖閣購入プランをきっかけに戦争が起きたとしたら、たぶんというか間違いなく、同時代の人間として死ぬまで悔やむ。
 この問題については、『世界』8月号に豊下楢彦が寄稿した「「尖閣購入」問題の陥穽」を読むのがいちばんいい。知らないことがたくさんあった。尖閣諸島って実は5島なんだよね。ところがなぜ石原は最初、魚釣島と北小島、南小島の3つの島だけを購入予定の島として挙げたのか。まあ大正島は現在は国有地であるから除外するとしても、なぜ久場島を入れなかったのか。ここにポイントがある。メールなら「あとは『世界』を読んで」と書けばよいのだけど、不特定多数の読者もいるのだから、さすがにそうもゆかない。要約して書いてしまえば久場島と大正島は、(「第11管区海上保安本部」の提供区域一覧表によれば)それぞれ「黄尾嶼」と「赤尾嶼」という中国名を冠されて、「射撃場」として米軍に提供されているらしい。昔の話ではなくて現在。だからこの二つの島は日本領土でありながら、「米軍の許可」なしには日本人が立ち入れない米軍の排他的管理区域になっている。中国名も不思議。以下に一部を引用します。

まさに石原流の表現を借りるならば、「独立から60年も経って首都圏の広大な空域が外国軍の管制化にあるような国なんか世界のどこにあるんだ」ということであろう。しかし、この威勢のよい啖呵の矛先は、13年前に「横田返還」を公約に掲げて都知事に就任した石原氏当人に向かうことになる。仮に久場島を本気で購入する意思があるのならば、石原氏はいっそのこと、久場島と横田基地の即時返還を米国に正面から突きつければ良いのではなかろうか。

 他にも「固有の本土」という言葉はあっても、「固有の領土」という言葉は実は国際法上の概念ではなく、日本国内だけに通用するきわめて政治的な概念であることとか、とても示唆に満ちた論考でした。やっぱりその道の専門家はすごい。僕らみたいに石原バカとか不愉快とか、そんな語彙はいっさい使わないけれど、とても明確な論と新しい視点を提供してくれる。もう一回だけ引用します。

 以上に見たように、石原氏による「尖閣購入」方針は、中国を「挑発」し日中関係を緊張させる役割を演じるものに他ならない。

 結局は床屋談義になっちゃった。
太宰ラーメンはともかく、「生まれて墨ませんべい」とか「如何せんイカせんべい」に至っては、もしも太宰が見たら何と言うのだろうと考えると愉快です。そんな短編を書こうかな。ゾンビとして現れた太宰がもう一度巡る津軽への旅。落ちは斜陽館(この段階でパニックだろうけれど)の「生まれて墨ませんべい」。

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