現代書館

WEBマガジン 13/08/14


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第十三回

件名 :インド洋から
投稿者:森 達也 2013/08/12(Mon)


 いまインド洋にいます。ここ数日はモンスーンの季節ということもあって海は荒れ気味だったけれど、昨日あたりから多少は落ち着いてきました。
 乗っている船は「PEACE BOAT」。今回で6回目くらいの乗船です。書籍にはその体験を何度か書いているけれど、やっぱり船旅はいい。

 最初に乗船を勧められたとき、「平和」とか「反戦」と染め抜かれた鉢巻をして大勢でシュプレヒコールを上げているかのような印象があってお断りしたのだけど、その後も何度も誘われて試しに一度だけと乗船してみたら、そんな要素はまったくない。世界一周クルーズは他にもいくつかあるけれど、価格的にはこの船は圧倒的に低い。だから大学生やフリーター的な若者も数多い。それと停年で退職したばかりの世代。女性も多い(もしかしたら半分以上かも)。つまりほとんど日本社会の縮図です。思想的な偏向もほとんどない。自民党支持者もいればリベラルもいる。若者の多くはノンポリだしイスラエル・パレスチナ紛争の本質と言われても何のことかわからない。改憲論者もいればがちがちの死刑制度存置派もいる。もちろん護憲論者や死刑廃止派もいる。
 ぼくの船上での立場は「水先案内人」と呼ばれていて、講座を任されています。他にはルポライターの鎌田慧さんや軍事ジャーナリストの前田哲男さん、フォトジャーナリストの豊田直巳さんや元国連大学副学長の武者小路公秀さん、アニメーション監督の宇井孝司さんやカフェスロー代表の吉岡淳さんなどが一緒に乗船していて、それぞれ自分の専門分野に沿った講座を行っています。昨日は鎌田さんと豊田さんにベルリン自由大学のミランダ・シュラーズさんが加わって、3・11は世界でどのように報道されたのか、そしてなぜドイツは原発廃止を決定できたのかをテーマにした講座がありました。ミランダさんによれば、福島第一原発事故の衝撃はヨーロッパでは明らかにチェルノブイリ以上だったとのこと。だからこそドイツやスイスやベルギーやイタリアで原発政策が大きく進路を変えたのだけど、なぜ肝心の日本がまた再稼働や原発輸出の道を選択するのかと不思議がっていた。本当にね。僕も誰かに訊きたい。
 水先案内人の顔ぶれだけを見れば、どちらかといえばリベラル色が強いけれど、でも講座への参加はもちろん自由だし、居酒屋やマージャンや社交ダンスなど、お楽しみは他にもたくさんあります。
 それと「PEACE BOAT」のもうひとつの特徴は、何といっても寄港地のオプショナルツアーです。ヨルダンでパレスチナ難民キャンプにホームステイしたり、ケニアのサバンナでテントを張って一夜を明かしたり、他の地球一周クルーズではまずありえないプログラムがたくさんあります。
 海は落ち着いてきたけれど、昨日あたりから海賊対策が始まりました。キャビンや廊下の窓には遮光性のカーテンを引いて、夜間は一部を除いてデッキへの立ち入りも禁止です。
 ピースボート側というより船長(船会社)の意向のようだけど、かなり過剰です。同乗している豊田さんあたりは、「海賊は来ない、というかいない」と過剰警備に憤慨していたけれど、このあたりは今の日本社会とも通じますね。

 これからデッキで朝食をとります。そのあとはシアターで映画鑑賞。午後には鎌田さんと二人で死刑と冤罪をテーマにした講座を行います。夜は『A』の上映。今日は少し忙しいけれど、明日は(天気が良ければ)デッキのプールでのんびり読書しようかなと考えています。
 美奈子からは「あたしはそんな集団生活は絶対に無理」と一蹴されそうだけど、菊地さん、たまには船旅どうですか? 一般企業ならもうリタイアしてもおかしくない歳なのだから。どこまでも続く水平線や満天の星空を見るだけでも価値がありますよ。ネットなども通じるけれど、ちょっと手続きが煩雑なので一日一回くらいにしています。だからリアルタイムの情報が入ってこない。その気になればまったく情報に接することなく時間を過ごすことができる。これって大切ですね。いろいろ思います。考えます。

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