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WEBマガジン 16/10/13


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第五十六回

件名:原発と自治体
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 10月16日に投開票を控えた新潟県知事選が佳境を迎えています。
 柏崎刈羽原発の再稼働に慎重で、県民の支持もあった泉田裕彦知事が出馬の断念を表明したのは8月末。4選を目指していた知事が出馬をとりやめた背景には、日本海横断航路計画の中古船購入問題をめぐる新潟日報との確執があったようですね。

 新潟日報は、もともとはリベラルな新聞で、東北電力に巻原発の計画を断念させた際にも日報が果たした役割は大きかった。東電の広告もいれるけど、東電批判も辞さない。そういう気骨のある地方紙だと、本間龍さんの『原発プロパガンダ』も認めていました。
 それがなぜ反泉田に転じたのか。東京から見ている限り、理由はよくわかりません。地方紙が「反権力」の立場をとろうとしたら、必然的に「反知事」になるわけで、反泉田であること自体はいいのですが(田中康夫氏が長野県知事だった時代にも、信濃毎日は一貫して反田中だったしね)、東京の脱原発派にしてみれば「新潟日報が裏ぎりやがった」「東電マネーが入ったにちがいない」みたいに見える。真相はわかりませんけど。

 ま、それはともかく、選挙は、前長岡市長の森民夫氏(自公推薦。県内の市長会や町村会も推している)と、放射線科医師で泉田路線をひきつぐ米山隆一氏(共産・社民・生活推薦)の、事実上の一騎打ちです。米山さんは、そもそもは民進党員だったのですが、連合に配慮した民進党は自主投票だそうで(もー民進党は消えてなくなってもいいと思っちゃうよ)。米山さんにはぜひ勝ってほしいけど、いまのところ優勢なのは、森さんのようです。さて、結果はどうなりますやら。

 というような新潟の状況を横目に、話は愛媛県の伊方町にとびます。
 この話は東京新聞のコラムで書いたので、引用しておきます。
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脱力の町長選
 9月末から数日間、私はたまたま愛媛にいた。10月1日の朝、ホテルで愛媛新聞を見て、一気に眠気が吹き飛んだ。〈伊方町長選あす投票〉
 えっ、伊方町って、あの伊方原発の伊方町?
 全然知らなかった。それもそのはず。東京のメディアでは、この件はほとんど報道されていなかったからである。
 町長選は山下和彦前町長の病気辞職にともなうもので、自民党県連総務会長などを歴任した元県議で、原発と共存派の高門清彦氏(58)と、共産党南予地区委員長で原発の停止・廃炉を求める西井直人氏(59)という新人同士の一騎打ち。高門氏は前町長と町議十六人全員(!)の後押しを受けての立候補という。
 そして二日。投票総数 6312(投票率71・45%)。高門氏は 5451票、西井氏は765票で、高門氏の圧勝だった。
 伊方原発は日本一危険な原発といわれる。地震の多発地帯である中央構造線の近隣に位置し、耐震設計には懸念があり、住民の避難路も確保されていない。8月12日の3号機再稼働の際には、日本中の人が反対した。それでも選挙ではこのような結果になる。原発に頼らない町づくりから考えないと、この構図は変わらないのだろう。
 にしても、たった六千数百人の民意で日本の命運が左右されるって。どうにも割り切れない気分である。(東京新聞10月5日)
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 愛媛に行ったのは別子銅山探索のリベンジだったのですが(前にいったときは悪天候だったので)、それはともかく、新居浜のホテルでこのニュースを知ったときにはムッとした。なんで、こんな重要な選挙のことが、東京では報道されていなかったのか。
 しかも、町長選のこの結果! 佐多岬半島の付け根に位置する伊方原発で、もし事故がおきたら、瀬戸内海は死の海と化し、放射性物質は日本列島をなめるように、北東方面に広がるわけでしょ。
 「もう伊方町民には同情しなくていいよ」「っていうか自業自得じゃすまないからね。自分たちが日本全体に対して責任があるってことを自覚してほしいよね」みたいな気持ちに、どうしてもなります。
 だけど、そういう愚痴をいっても問題は解決しないんですよね。福島の事故から5年たち、私たちは「喉元すぎれば」になっている(西日本はもともと危機感が薄かったのかもしれません)。原発マネーから、立地自治体が離脱するのはほんとーに難しい。

 伊方町民も必ずしも原発を歓迎しているわけではないのかもしれません。 
 愛媛県の市民団体(伊方原発50キロ圏内住民有志の会)が行った、伊方原発3号機の再稼働の賛否を問う町民アンケート(2015年1〜2月実施)では、反対が53・2%で、賛成は26・6%だったという報道もあった(共同通信2015年2月15日)。
 ただ、このアンケートは注意が必要で、伊方町の4340戸を訪問し、回答があったのは約1400戸。全戸のざっと3分の1です。つまり回答しなかった3分の2=3000戸近くの「民意」はアンケートには反映されていない。おそらくは「消極支持」であろうこの町の体制派がいて、ああいう選挙結果になるわけだよね。
 新潟県でも、共同通信が10月7〜9日に行った世論調査では、柏崎刈羽原発の再稼働について「どちらかといえば」を含め「反対」が60.9%で、「賛成」は「どちらかといえば」を含め24.2%で、反対派が賛成派を大きく上回っている(新潟日報10月10日)。しかし、だからといって、脱原発を唱える候補が勝つとは限りません(知事選なので市町村長選とは性格がやや異なりますが)。

 こういう人たちに「原発は危険です」「再稼働に反対すべきです」と何万回と唱えても、もはや何の効果もないでしょう。彼らにとっては原発の是非だけが生活のすべてではないし、伊方町のようなところでは「じゃあ、あなたがたが私らの生活をなんとかしてくれるのかい?」って言われるだけじゃない? 「脱原発」を真正面から掲げると、選挙はむしろ「負けやすい」とさえいえます。
 つまり、脱原発、反原発派は、いま、戦い方の変更を迫られているんじゃないかと思う。
 じゃあどうするか。
 妙案は浮かびませんが、ひとつは「原発マネーに頼らない町づくり」のビジョンを本気で考えること。「原発がなくても(ないほうが)こんなにハッピー」という実現可能な将来計画ができれば、民意は変わる可能性がある。
 もうひとつは、再稼働などの是非を問う際に、立地自治体だけではない、近隣(たとえば半径50キロ圏内)の自治体の意向も組み入れること。再稼働に反対する住民が多いのは、むしろ近隣自治体の人たちなんだよね。伊方原発の場合も、松山市、大分市、広島市の住民が、運転差し止めを求める仮処分を地裁に申し立てている。原発の恩恵はないが事故の影響は被る、そういう地域の住民の意向も、ほんとは立地自治体の住民の意向と同じくらい重要なはずなんです。

 今年はさらに、10月28日には薩摩川内市長選が、11月20日に柏崎市長選が控えています。東京発のメディアは「どこかの田舎の選挙」くらいの認識なんでしょうけど、せめてちゃんと報道してほしいよね、と思います。原発に関しては、日本列島にすむ人(場合によってはもっと広い範囲にすむ人)全員が当事者なんだから。
 新潟県知事選の結果が出たら、補足として、続きを(少しだけ)書きます。

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