現代書館

WEBマガジン 19/12/16


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第九十八回

件名:1923年にネットとSNSがあったなら
投稿者:森 達也

美奈子さま

前回は僕のツイートへの評論という新手法で、「なるほど」とか「これは一本とられた」(ジジイだ)とかいろいろ楽しみながら読みました。同じ手法で返したいけれど、美奈子さんはツイッターもFBも、ましてやインスタグラムもしていないよね。
僕もどちらかといえば奥手だけど、ツイッターは数年前、FBは半年くらい前に始めた。でもどちらもまだ初心者レベル。半年ほど前に始めたFBは(とにかく機能が複雑すぎて)使いこなせないことは当然としても、始めてから数年が経過しているツイッターについては、もう少し使いこなしていてもいいはずだと自分でも思うけれど、やっぱりほとんど習熟できていない。
もしも今の自分が20代だったら、スマホをもっと使いこなしていただろうか。……と考えかけたけれど、やっぱり歳は関係ないと思う。だって同年配でデジタルを使いこなしている友人はいくらでもいる。そもそも徹底した文系だし。マシン系は苦手、というかほぼ興味ない。結局は向き不向きだと思う。
いずれにしてもネットは、僕たちの生活に完全に浸透した。4人の監督の共同制作である『311』は別にして、その前の映画作品である『A2』から13年が過ぎて『Fake』を発表したとき、新聞の文化面や総合雑誌などに掲載される映画評やインタビューなどの影響力が、たった十年あまりの時間の経過なのにずいぶん低下していることに驚いた。その代わりを占めるのが、SNSも含めてのネット。
若い世代だけではない。少し前に話題になったから美奈子さんも知っているかもしれないけれど、最近は定年で退職した男性が右傾化する現象が顕著らしい。時間ができてスマホをやってみようと手にしていろいろ記事を読んだりしているうちに、「自分は知らなかった」「騙されていた」などと「隠されていた真実」に気づくのだとか。もちろんその「隠されていた真実」とは、「南京虐殺は中国共産党と朝日新聞が一緒に作ったフェイクニュース」だとか「従軍慰安婦として働いていた女性たちはお金をためて大喜びで本国に帰った」とか「大日本帝国はアジアを欧米列強の植民地政策から解放するために戦争を起こした」など、ほとんど(きわめて悪質な)流言飛語のレベルだけど、でもネットに免疫がない人ほど衝撃を受けて信じ込んでしまうらしい。
……自分で書いた流言飛語という言葉に触発されたけれど、1923年という時代にもしもネットとSNSがあったなら、関東大震災後の朝鮮人虐殺はどのような展開をしたのだろうと時おり考えます。もちろん、虐殺がより大規模になったとの仮説も可能だけど、でも朝鮮人が日本人に危害を加えるとの書き込みに対して、それは事実ではないとする火消しのツイートや投稿も一定数は見込めるし、むしろネットが抑制してあれほどの惨事にはならなかったと考えることもできる。
どっちかな。僕もネット弱者なのでよくわからない。でもどちらにせよ、結局はネットやSNSを使う社会の質や程度や成熟度が、重要な要素となるのだろうとの想像はつく。
いろいろ問題はあってもツイートによって始まった「アラブの春」や今の香港の「市民デモ」においても、ネットやSNSがなかったら、これほどの規模にはならなかったはずだ。またネットやSNSがあるからこそ、独裁者たちは一昔前のような無慈悲で暴力的な対応ができない、と考えることもできる。
突然話は変わるけれど(実は後で戻ります)、ついこのあいだ観たNHKの「ダーウィンが来た!」で、セミは立ち木の樹皮の下に産卵することを知ってびっくりした。一応はムシ好きを自認しているけれど、この歳になるまでセミは地面に産卵管を刺し入れて地中に卵を産んでいる、とばかり思っていた。……あらためて世界は複雑だ。知らないことはまだまだたくさんある。そのすべてを知ることは不可能だけど、でもできるかぎりは知りたいと思う今日この頃です。

PS
桜を見る会の追及と報道については、毎日新聞とTBSが本当に頑張っている。どこまでもってくれるのか。そのカギを握るのは部数と視聴率。もう少し持ちこたえてくれ、と思いながらメディアに接しています。

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