現代書館

WEBマガジン 22/11/01


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第132回

件名:東京都職員の過剰な忖度
投稿者:森 達也

美奈子さま

東京都人権プラザで11月30日まで開催されている飯山由貴さんの企画展「あなたの本当の家を探しにいく」において、予定されていた映像作品《In-Mates》(2021)の上映が東京都総務局人権部の介入で中止となったことについて、一部の新聞ではようやく報道され始めたけれど、多くのメディアの反応はまだ相当に鈍い。
そもそも何が起きたのか。問題となった《In-Mates》は30分弱の映像作品だ。僕はまだ観ていない。ただし概要はネットでわかる。以下に引用します。

本作は1945年に空襲で焼失した王子脳病院の入院患者の診療録をベースとした映像作品である。この病院には、1930〜40年まで入院して、院内で病没した2人の朝鮮人患者の記録が残されていた。
診療録に残された2人の朝鮮人患者の実際のやりとりに基づきながら、在日コリアン2.5世のラッパーFUNIが言葉とパフォーマンスによって、彼らの苦悩や葛藤を現代にあらわそうと試みる姿を本作は記録している。

東京都人権部は、なぜこの映像作品の上映を中止させたのか。企画展が始まる前の5月に、人権部が展示管理者の人権啓発センター普及啓発課宛てに送ったメールには、作品内に「(関東大震災時に)日本人が朝鮮人を殺したのは事実」という言葉があることをとりあげて、「これに対して都ではこの歴史認識について言及をしていません」と書いている。さらに人権部は都知事が今年も関東大震災の朝鮮人追悼式典に追悼文を送らなかったことを示しながら、「こうした立場をとっているにも関わらず、朝鮮人虐殺を「事実」と発言する動画を使用する事に懸念があります」との認識を示している。この内部メールは、これは検閲になると懸念した関係者によって、飯山さんサイドに開示された。
その後に東京都人権部は本作品の上映中止を決定した。でも上映中止の理由について公式には、内部メールで最も強調していた「朝鮮人虐殺を「事実」と発言する動画を使用する事に懸念があります」についてはまったく触れないまま、「FUNIのラップがヘイトスピーチに当たる懸念」「本作は在日コリアンについての作品であり、精神障害、精神医療についての作品ではない」としか説明していない。ヘイトスピーチかどうかは作品全体で判断すべきだし、精神障害や医療についての作品ではないとの説明は、稚拙な論旨のすり替えでしかない。
記者会見で飯山さんは、今回の事態を「この問題は東京都知事が小池百合子都知事でなければ起きなかったことでしょう。小池都知事の長年にわたって関東大震災の朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式典に追悼文を送らないという態度は、歴史の否定、差別の煽動であると考えます」と述べながら、東京都による検閲であり差別扇動だと指摘している。
今回の騒動の本質は、個々の職員たちの差別意識やレイシズムではなく、組織内における過剰な忖度なのだと思う。でもこうして差別は、地下茎のように広がるのだ。特に人権部は、外国人の人権問題について、最も鋭敏なセンサーを持たなければいけないのに。
関東大震災から100年を迎える来年秋に公開される僕の映画は、映画内で朝鮮人虐殺についての言葉があるどころか、それが作品全体の大きなテーマだし、さらにそこに被差別部落問題も重なる。公開時に東京都はどんな姿勢を示すのかな。とても興味深いです。

森 達也

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