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WEBマガジン 25/10/31


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第168回

件名:印象操作と対米従属
投稿者:森 達也

美奈子さま

 教えている大学の授業中に、学生から「高市首相に対するメディアの印象操作がひどいと思います」と言われ、「具体的にどういうことですか」と訊いたら、「首相が国会でしゃべっているときの動画や写真などに悪意があります」と答える。具体的じゃない。どのメディアのどのようなニュースなのかを知りたいのだ。でも学生のニュースソースはネットの情報らしい。具体的に自分が何かを見たり聞いたりしたわけじゃないのだ。だから僕もネットで調べてみた。以下は産経新聞デジタルの記事からの引用。

 NHKが22日夜の「ニュース7」で高市早苗政権発足を報じた際、斜めに傾いた状態の映像が使用されたことに、SNS上で「意図的で、視聴者を不安視させるためではないか」といぶかる声が上がり、物議をかもしている。NHKは産経新聞の取材に対し、24日、そうした否定的イメージを抱かせた意図はないと回答した。
 問題視されているのは、ニュース7で、高市首相と新閣僚が赤じゅうたんが敷かれた階段を降りてくる様子や、首相が記者会見に臨み、ズームアップした映像、また「安保関連3文書の改定を来年末までに目指す」政権方針が国会議事堂の映像と合わせて流れたときだ。いずれの場面でも、被写体を正面から水平にとらえるのではなく、被写体が倒れかかっているかのように見える斜めに傾いた映像が流れていた。
 こうした表現について、放送作家の経験もある日本保守党の百田尚樹代表は23日、自身のX(旧ツイッター)で 「これはダッチアングルと呼ばれる手法で、見る者に不安や緊張感を与える効果がある。意図的にやっているのは明らかで、極めて悪質な報道である」と非難した。百田氏は人気番組「探偵!ナイトスクープ」に携わっていたことで知られる。
 また、参政党の神谷宗幣代表もXで「またこんなことをやっている。みんな受信料払わなくなってしまいますよ」などと批判している。(以下略)

 確かにダッチアングルの効果はある。それは否定しない。でもその狙いは緊張や不安を煽るだけではない。手持ちカメラが主流になった今のドキュメンタリーの撮影の現場でも、緊迫感やリアリティを強調するために斜めの構図を用いたり手振れを敢えて強調したりすることは(最近はドラマでも敢えてぶれぶれの手持ちカメラの映像を使うことが多い)時おりある。今回だけ特に多いのか。統計があるとは思えないので何とも言えないけれど、高市首相に対する不安や恐怖を煽るためにこうした構図を意図的に使ったとの見方は、(実際に自分で撮影する僕の視点で言えば)かなり強引で一面的だ。
 ならばなぜこのような見方をされるのか。伏線としては、首相就任前の高市自民党総裁への囲み取材の際に、時事通信社カメラマンによる「支持率下げてやる」などの声がインターネット上の生中継で聞こえ、さらにSNSなどで拡散したことがあったからだろう。もちろん時事通信社のカメラマンが本気でそんなことを言ったとは思えない。軽い冗談のつもりだったのだろう。そもそも最終的に掲載する写真を選択するのはカメラマンではない。でも軽率であったことは確かだ。
 授業で学生に「メディアの(高市首相に対する)印象操作がひどいと思います」と意見を言われたあとに、教室にいた他の学生たち(50人くらい)に、「印象操作とは違うと思う人は?」と訊いたら、誰も手を挙げない。念のため「既成メディアは高市首相を陥れようとしていると思う人は?」と訊いたら半数以上が手を挙げた。
 そもそも今の学生は積極的に手を挙げない。二拓で質問しても、半数近くはどちらにも手を挙げない。だからこの状況は、ほとんどの学生が「既成メディアは高市首相を陥れようと印象操作に励んでいる」と考えていると解釈して間違ないだろう。
 なるほどなあ。こういう若い世代が高市首相や新内閣の支持率を上げるのかと思いながら、「トランプ大統領来日のニュースや横須賀の米軍基地のパフォーマンスについてどう感じた?」と訊けば、多くの学生が(予期はできたけれど)「高市首相は素晴らしいリーダーシップを示してくれた」的な反応だった。
 決めつけるべきではないけれど、彼らの多くは対米従属という言葉を知らない。あるいは知っていても、それが当然なのだと思っている。それはそうか。生まれたときからアメリカは常に傍にいる。まあそれを言えば、僕も含めて戦後生まれすべての人も同じだけど。
 日米地位協定が何を定めているのか、日本の米軍基地においては日本の主権はなぜほとんど認められていないのか、唯一の被爆国である日本が核兵器禁止条約の批准をしないどころか会議にオブザーバーとして参加すらしない理由は何か、カナダやイギリスやフランスなどがパレスチナを国家承認したのになぜ日本はしないのか、などなど、すべて理由は同じだ。アメリカの意向。そしてこれは、戦後80年にわたってほぼ日本を統治してきた(二回だけ下野したけれどすぐにリカバリーした)自民党のレゾンデートルであると同時に、首相交代という世代交代を重ねながらずっと引き継がれてきた自民党の強力な遺伝子でもある。
 高市首相とトランプ大統領のパフォーマンスを民放局のワイドショーが嬉しそうに伝えていたとき(印象操作というのなら、むしろ真逆だと思う)、コメンテーターの田崎史郎氏が、日米関係は新たな時代を迎えたみたいなことを言いながら、これまでの首相でいえば細川首相はアメリカとの関係を悪くしたんです、みたいなことを口走った。
 このとき僕はテレビに集中していなかった。でもこのコメントはひっかかった。「悪くした」と田崎氏は表現したけれど、それを言い換えれば「アメリカへの従属から脱却しようとした」ということになる。イメージとしては、ジャイアン(剛田剛)にずっと従ってきたスネ夫(骨川スネ夫)が突然口答えして正論を吐いた。ドイツでも韓国でもフィリピンでもこれほどに米軍基地の特権性を許してないよ、とかなんとか。だからジャイアンは怒る。スネ夫の首根っこをつかんで振り回す。
 そうした反逆は自民党の歴代政権にもあった。事実かどうかの検証はしていないけれど、田中角栄がロッキード事件で権力の座から転落した背景にも、日中国交正常化やアラブ寄り外交などがアメリカ(具体的にはキッシンジャー)の怒りを買い、報復されたとの見方がある。アメリカに逆らえば政権は短命に終わる。ならば自民党以外の政権与党などありえない。そうした戦後日本政治の別の骨格が見えてくる。
 でも対米従属という予備知識を持たない(あるいはこれを肯定する)人たちは、田崎氏の「アメリカとの関係を悪くしたんです」というコメントを聞きながら、そのまま文字どおりに解釈するのだろうな。
 自分や自分が支持する人たちにとって都合の悪い情報は印象操作と断定して批判する。ここ数年、そんな傾向がとても強くなっている。
 メディアへのリテラシーを持つことは決して悪いことではないし、情報にはつねに作為や方向性があるということを意識することは大切だ。でもこれを自分たちの都合で当てはめる人たちが増えている。
 つまり中途半端なリテラシーは百害あって一利なし。むしろ逆効果なのだ。印象操作という言葉が、テロリストという言葉と同様に都合よく消費されている今の状況にとても強い違和感を持っています。

森 達也

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