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毎年、5月の連休明けに恒例のように『How to 生活保護』(以下、本書)の年度版が出ます。これは、毎年改定される生活保護基準額が3月に各福祉事務所に伝わってから、本文中にある生活保護費にかかわる数字を直し、また生活にかかわる様々な制度変更について見直す必要があるのですが、新年度スタートが多いため、実際の運用については4月以降でないと書けないという事情からです。例えば、今年度始まった高校の授業料無償化ですが、生活保護では生業扶助費の中に高等学校等就学費があります。公立高校の授業料が無償になれば、この中の授業料分の支給はなくなりますが、私立高校や高専の場合はどうなるのかとか、具体的な運用は都(本書の執筆者は東京23区の福祉事務所のため)からの通知を待たないと正確な記述ができませんでした。
本書の初版は1991年ですから、20年間も、3月末から5月連休前にかけては『How to 生活保護』の当該年度版をつくるのにあたふたしていたことになります。しかも、年度ごとの数字や関連制度の改訂にとどまらず、これまでに〔全面改定版〕(96年)、〔介護保険対応版〕(2000年)、〔自立支援対応版〕(05年)、版の名称を付けずに単に〔年度版〕とした2007〜09年、そして今年度の〔雇用不安対応版〕と5回、大規模な改訂作業をしてきました。この間、多くの読者(その多くが生活保護利用者の方)から様々なご質問・ご意見をいただき、改訂に活かさせていただきました。ご意見・リクエストをお寄せいただき、ありがとうございました。
ただし、今回2010年の改訂はただの大改訂ではありませんでした。初版の時から引き継いできた、第T部「生活保護制度の概要」の説明を、思い切ってストーリー(第U部でストーリー仕立てで生活保護の相談・申請から利用法を利用者と福祉事務所双方の側から描くというもので、ストーリーの中身は変わっていますが、初版以来スタイルは堅持してきました)で理解できるようにしようとしたのです。20年間の蓄積の賜物ともいうべきこの概要部分は、複雑な生活保護制度をコンパクトに説明し、他法・他施策との関連をうまくまとめている点で完成度が高く、大学や専門学校のテキストにも採用されていましたので、これをなくすというのはまさに蛮勇が必要でした。それでも、教科書的な説明より、制度利用の方法をストーリーで導入したほうが利用者の立場から見たらわかりやすいのではないか、と長年の蓄積に安住することなく新たな構成に挑戦したわけです。
制度概要の中身をストーリー仕立てで理解してもらうよう構成し直すことが、いかに難しいことだったかは、やり始めてすぐに気付きました。最初にストーリー(上段)のプロット(粗筋)を立て、下段に今までの概要説明から必要な項目を抜き出してストーリーに合うように配置していくのですが、配分がうまくいきません。当然、最初のほうに制度の基本的な説明を入れていきますから、最初のうちは下段がびっちり埋まり、後半に空きが目立ちます。その上、全員でストーリーを作成しましたから、執筆者個々のこだわりがぶつかり合い、なかなか話が進まないのです。例えば、「扶養義務者への扶養照会」は、教科書的には「扶養義務履行は生活保護に優先するが、相手に資力がないのに強制するものではない」という説明になります。しかし家族・親族に扶養照会されることへの不安からなかなか申請に踏み切れない方も多く、申請抑制に使われている実態もありますから、扶養照会への対応をどう説明するか議論する過程でストーリーが二転三転。そんな議論が随所で繰り広げられ、2年がかりでようやく本書のストーリーに落ち着きました。ストーリーの中の何気ないつぶやきや福祉事務所職員の言葉、一つひとつのエピソードすべてが、現実の福祉事務所や医療機関の福祉相談室、就労支援の現場で執筆者たちが実際に経験したことであり、本書の真価はまさに執筆者がこだわり続けたその細部に宿っているのです。
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