現代書館

WEBマガジン 21/11/01神谷和宏


第3回 怪獣図鑑・怪獣百科、ウルトラ授業のこと(上)

 切通理作さま

怪獣は風景だった

 前回、切通さんは「怪獣は環境だった」とおっしゃっていました。私は環境という語を風景と置き換えても良いと思っています。
 僕らにとってテレビとは、視聴者に共通の風景を見せる装置だったのだと思います。生まれ育った街並みが、地域の人々にとっての共通の思い出の風景であるのと同じように。
 16時からは特撮、17時からはロボットアニメ、17時半からは『トム&ジェリー』の再放送の時間帯。「ウルトラマン」シリーズのほか、『マグマ大使』『ミラーマン』『スペクトルマン』『宇宙鉄人キョーダイン』『スパイダーマン』など、ロボットアニメでは『勇者ライディーン』『無敵超人ザンボット3』などが。これらの作品の世界観、あるいは印象的な1コマ――最終回で散りゆくキョーダイン、体に爆弾を埋め込まれる人々…(ザンボット3)――は当時の僕たちにとって、昨日見た〈風景〉であり、友達との会話はそんな共通の風景について語り合うことから始まることもしょっちゅうでした。ブラウン管の中の出来事は大人になった今でも思い出の風景であり、さらには友達とそんなことを語り合ったという幼い日の実際の風景と混然一体となっています。
 もともと風景論には興味があったのですが、4年くらい前、佐々木守*さんについて研究している中で風景映画に関心を持ち、そこからポップカルチャーを風景論の視点から語るという着想を得たのですが、いろいろ調べるとすでに切通さんが、同様の趣旨を織り込んだ『日本風景論』(2000年)を書かれていたではありませんか! 切通さんはいったい何歩先を行かれているのかと思ったものです。
 切通さんの世代と私たちが異なるとすれば、おっしゃるように1970年代の特撮の黄金期が、私たちにとってはすでに過去のものであったということです。例えば1979年の『仮面ライダー(スカイライダー)』を見て、「仮面ライダー」には過去に多くのシリーズ作品があったことを知りました。うちの4歳の娘は『ウルトラセブン』を見ると、「おおとりさんは?」「ペガッサやキングジョーが悪いことするの??」と聞いてきます。『ウルトラマンレオ』を先に見はじめたから、モロボシ・ダンの傍らにおおとりゲンがなぜいないのかと思っているのです。また『ウルトラマンジード』、『ウルトラマンZ』を先に見ているが故に、ペガッサ星人やキングジョーとセブンが戦う展開に違和感をもっているのです。
時系列に制限されず、アットランダムにコンテンツに触れているという点では、大きく括ればうちの娘も私も変わらないことになります。異なるのは私たちが再放送という、任意性がない一回的な視聴をしていたのに対し、娘たちはソフト化されたコンテンツを任意に選んで繰り返し見ているという点でしょうか。

*注
佐々木守(ささき まもる、1936-2006年)。
脚本家、放送作家、漫画原作者。大学時代から教育映画作家協会の機関誌『記録映画』の編集に携わる。砂川闘争に参加する一方、児童文学研究部に属し、卒業後はその縁で知り合った佐野美津男との合作『少年ロケット部隊』で子ども向けラジオドラマにデビュー。大島渚が結成した独立系映画製作プロダクション「創造社」に参加。『絞死刑』『日本春歌考』などの脚本を手がける。実相寺昭雄と知己を得て『ウルトラマン』の脚本を担当。アイヌ民族解放や琉球独立運動を支持。『ウルトラマン怪獣墓場』(1984、大和書房)、『戦後ヒーローの肖像:『鍵の鳴る丘』から『ウルトラマン』へ』(2003、岩波書店)など著書多数。


怪獣図鑑に漂う駄菓子感

 怪獣図鑑――。僕はこのことばに、古風な感じ、牧歌的な感じをイメージします。切通さんもその思い出を語っていた『原色怪獣怪人大百科』。それを改題した『全怪獣怪人大百科』は毎年「〇〇年度版」と更新され、500ページを超える大部に小さな活字や写真で、この怪獣は身長何メートルで体重何トン、目から怪光線を放つ…といった架空の作中情報に加え、どの年度からだったか、番組ごとに脚本や監督など代表的なスタッフとキャストといった現実的な情報も記されるようになるなど、文字通り百科的でした。対して、図鑑はまたその名の通り、図=イラストをふんだんに用いているという点で大百科と対照的でした。僕らの子ども時代は大百科が優勢で図鑑はすでに下火。稀に見る図鑑には、スーパーに並ぶお菓子にはないB級感やレトロ感の漂う駄菓子のような風情があったように思います。
 図鑑には二つの機能があったと思います。一つは大伴昌司(連載第2回を参照)さんの手掛けた怪獣の解剖図の「ゴモラ胃…岩を溶かす」とか「ゼットン骨…鋼鉄の百倍の強さ」といった表現にわかるように、怪獣が実在するという前提、つまり生産者と消費者の双方による壮大な「ごっこ遊び」のツールとしての機能です。そこでは子どもたちは怪獣を実在する生物に見立て、そのまなざしで図鑑に描かれた怪獣の内側に、(疑似)生物学的な説明を求めることになります。
 もう一つは怪獣を着ぐるみと認め、中に人が入っていることや、火を吐くシーンのギミックを紹介するといった、つまりはどのような仕掛けで特撮作品が作られているのかを示す機能です。そこでは読者は怪獣の内側に、現実的な仕掛けを見出そうとしています。
 これらの機能は、「147番組 3485体」などと扱うコンテンツ数とキャラクター数を表紙に打ち出し、テレビ特撮を網羅的に扱うという点での(しかも後半はゴジラをはじめとする東宝怪獣映画や、「ウルトラマン」「仮面ライダー」の両シリーズは他の本でも調べられるとして、人気コンテンツを大幅に割愛してまでマイナーな作品を扱うなど)アーカイブス機能を重視する『全怪獣怪人大百科』とは性質を異にするものであったと思います。代わりに図鑑は、作中では語られない怪獣の生態や特撮のギミックを示す、いわばテレビコンテンツを補填するというかたちでメディアミクスを果たしていたと言えるのではないでしょうか。
図鑑と大百科には優劣などもちろんつけられませんが、怪獣ブームに付帯する文化現象として懐古されるのは図鑑の方だと思います。大伴さんに代表される怪獣解剖図のほか、パノラマ的に描かれる怪獣の図絵や、それらを描いた作家たちがいたということは特撮の展覧会などでも触れられていますね。図鑑にみなぎる手作り感、懐かしさが、特撮のアナログ感と共鳴して、「ものづくり」とか「職人芸」、「〜の匠」といった日本らしさを称揚するようになった現代日本の価値観と親和しているという面もあるように思います。
 特撮に関する情報を得る手段として図鑑や大百科、他にも二次創作的なマンガなどもあり、時系列に制限されずに特撮に触れられる状況に関して「データベース文化」というのは言い得て妙ですね。

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