現代書館

WEBマガジン 10/11/02


第二十一回 どうやったらそんなに次々……

斎藤美奈子


森達也さま

 気がつけば、すっかり秋の風情になってしまいました。
 単行本の編集作業にかまけていて(連載をまとめただけのものですが、ベストセラーや時事ネタ本が山ほど出てくるので後日談の脚注その他にえらく手間取ってしまった)、またまたご返事が遅くなりました。

>広島が軍都であったという展示はちゃんとあったよ。

ああ、なるほど。江戸東京博物館も見習ったほうがいいね。
貴君の記事では「虐殺に加担したほとんどの男たちは、記憶がはっきりしていないのです」というところが重要ですね。〈殺すときの負荷はすさまじい。殺されるとの恐怖も心を壊す。だから加害の記憶が残らない。語りたくても語れない。なぜあれほどに残虐なことができたのか、そのときの情動を思い出せない〉←ここは忘れがちな視点だと思いました。
 アメリカはたしかに問題が多い国だけど、半面、戦争に対する検証をしようという人たちもいて、貴君があげられた映画もだし、私は『冬の兵士―イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実』に感銘を受けました。
 そういえば、核廃絶をめざすと表明して昨年のノーベル平和賞を受賞したオバマが核実験をやるといっていて、広島からは反発の声があがっています。当然の反発だとは思うけど、もともとオバマに過剰な期待はしていなかった(立場は人を変えるからね)私としては、「えーっ」という感じではなかったです。

>脱線ついでに書けば、このときに田母神元幕僚長が応援した西村真吾元衆院議員は、議員時代に週刊プレイボーイのインタビューを受けたとき、日本は核武装すべきだと主張しながらその理由を、「強姦しても何も罰せられんのやったらオレらみんな強姦魔になってる」と語っている。

おおー、懐かしい話題ですね。その西村「強姦」発言については、拙著(『物は言いよう』)で取り上げたので、よーく知っています(元のインタビュー記事も取り寄せて仔細に検討しました)。

>だいたい「オレら」って誰だ。日本国民の男子すべてということだろうか。冗談じゃない。せめてオレにしてほしい。

そうなんだよね。こういうことに、男性はマジメに怒ったほうがいいと思いますね。
それとさ、西村発言はアナロジーとしても変なわけ。以下は拙著でも書いたことですが、くり返すと……。

〈例えば、集団的自衛権は「強姦されてる女を男が助ける」という原理ですわ。同じように言えば、征服とは「その国の男を排除し、征服した国の女を強姦し、自分の子供を生ませる」ということです。逆に、国防とは「我々の愛すべき大和撫子が他国の男に強姦されることを防ぐこと」〉
という風に西村はいってるんだけど、もし集団的自衛権が「強姦されてる女を男が助ける」という意味ならば、征服とはずばり「男が女を強姦すること」、国防とは「男に強姦されないように女が貞操帯をつけること」といったほうが絶対わかりやすいわけ。でも、この理屈だと、自国(日本)が攻撃される側の女だという話になり、民族主義者として許せなかったんじゃないかと思うんだ。自国が「貞操帯をつけた女」に擬されるなど、我慢で気ないと思うんだよ。だから苦肉の策として、「その国の男を排除し、征服した国の女を強姦し、自分の子供を生ませる」なんて、まわりくどい論法に行き着いた。  とはいえ、西村の好み通り、女を登場させることなく防衛を語ることもできるのね。  強姦とはつねに「男が女を犯すもの」と思っている点がまちがいで、男と男の間のレイプも成り立つわけです。だとしたら、強姦防衛論はもっと上手に説明できるんです。  「オレもオマエも歯止めのきかない強姦魔。だから互いコワくて近寄れない」  「核の抑止力」の説明としては、こっちのほうが整合性が高いと思うんですけどね。

 〈比喩だからこそ(何を比喩のモチーフに使うかで)本音が見える。隠していたはずの素肌がちらりと見える〉というのは、まったくその通りで、政治家の発言には、でもこの種の「強姦」レトリックがほんとに多いんです。
 でもさ、そういうことに文句をつけると「女はユーモアがわかってない」とか言われるわけです。対応に苦慮するよ。

>少しばかり季節はずれだけど、美奈子さんは心霊やら超常現象やらUFOやらについては興味ありますか?

正直にいうと、ぜんっぜん興味はないです(笑)。
貴君のご著書『職業欄はエスパー』はおもしろく読みました。なるほどなあ、超常現象を肯定する「エスパー」も「差別」の対象になりうるんだな(危ない危ない、気をつけよう)とも思いました。
 なんですけど、〈結局はすべてがトリックだからだとの説明をしたくなる。でもそこまで唯物的になれない。もしかしたら、と今も未練がましく思っている〉という点でいけば、私は完全な唯物論者ですね。
 心霊写真が流行ったときには、ちょっと自分でも試してみて、ポラロイドカメラならという限定つきですけど、何枚かすばらしくホンモノってぽい嘘心霊写真も撮れた。友達に見せたら、みんな「えええええー」という風におののくで、「なんだ、だますのは簡単だな」という感触を持った。UFOだとされている映像も、よく見ると赤と青のランプが見えてたりするので(それは地球の乗り物の証拠)、UFOではなくFO(確認飛行物体)が多いのではないかと思います。

 ただ、「人々はなぜ疑似科学に惹かれるのか」ということには興味あります。それと貴君の『神さまって何?』じゃないけれど(ごめん。この本は未読なんですが)、どんな宗教に対してもリスペクトはあるので、「宗教ってなんかうさん臭いじゃん」という感じではまったくありません。
 ほんのバカ話ですが、私は子どもの頃に一定の宗教教育を受けて育ったのですが、教会の日曜学校では、夏休みに1泊2日の合宿があるのね。小学校1年生から6年生までがいっしょに寝泊まりするんだけど、いわば修学旅行みたいなものですから、夜はずっと起きてて、みんなでひそひそ話している。でさ、そこで何話しているかといったら怪談なわけ。それも思いっきり日本の伝統に根ざしたオカルトで、北枕にして寝ちゃいかんとか、墓場の幽霊とかその手の話。聖書の話なんかどこ吹く風。
 宗教教育は無力ですね。というか、外来の宗教(あるいは頭で理解させられた教え)より、ドメスティックな民話的オカルトのほうが恐怖をかきたてるのところが面白い。
 チリのサンホセ鉱山の救出劇が話題になっていますが、「なぜ彼らは70日間も持ちこたえられたのか」という理由として、日本のメディアがスルーしている(わかんないからだろと思うが)ファクターのひとつは宗教でしょう。チリはカトリック教徒の多い国(もちろん植民地化の影響)ですから、救出された人たちも「神のご加護があると信じていた」みたいなことを言ってたりするわけじゃない? そのへんの感覚は日本人には理解しにくいかもしれないよね。

なんだか散漫な話ばかりになってしまいました。ごめんなさい。
もっか私が森君に聞いてみたいのは、「どうやったらそんなに次々本が書けるの? 」ってことですね。
私だって怠けているつもりは全然ないんですけど、生産性がなぜこんなに低いのだろう……と思うことしきりです。



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