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WEBマガジン 25/12/01


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第169回

件名:高市首相と台湾有事
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 どうも。今日から12月です。11月はめちゃめちゃ忙しかったんです、すみません。
 さて、前回、10月末の時点で「高市新首相に対する悪意ある報道=ダッチアングル」について貴君は書かれていましたが、「メディアの(高市首相に対する)印象操作がひどいと思います」という学生さんたちの反応は、いろいろ考えさせられますね。総じて彼らは「高市首相に好意的である」と受け取っていいのでしょうか。

 いわずもがなではありますが、ここまでのおさらいを一応しておきます。
 昨年10月の衆院選と今年7月の参院選で、衆参両院ともに自公が過半数割れに至り、公明党が1999年から26年続いた自民との連立を解消(10月10日)。自民と日本維新の会が連立するという、これまでとは違った事態の中、高市早苗政権が誕生しました(10月21日)。日本の憲政史上、初の女性総理の誕生です。
 ジェンダーギャップ指数の世界順位(2025年)が148国中118位(政治分野に限っていえば125位)という国での、女性総理の誕生は、普通に考えれば「明るいニュース」なのですが、半ば予想していたとはいえ、左派リベラル陣営の「高市嫌い」は想像以上だった。
 ことにフェミニストの拒否反応は大きく、総裁選後のXに上野千鶴子さんは「初の女性首相が誕生するかもしれない、と聞いてもうれしくない」と、社民党の福島みずほ党首は「選択的夫婦別姓に反対しジェンダー平等に背を向けてきた人なので嬉しくありません」と投稿。立憲民主党の辻元清美議員がわりと素直に「高市さん、ガラスの天井をひとつ破りましたね。対極の私からも、祝意をお伝えします」と書き込んだのが逆に目立ったほどです。
 まー、「ええーっ、せっかくの初の女性総理が高市さんなの!? そんなぁ……」といいたくなる気持ちもわからないではないです。夫婦別姓法案に反対で(通称使用の拡大を提唱)、同性婚にも反対で、負の歴史を認めない歴史修正主義者で、靖国神社への参拝は欠かさない。そんな保守的な首相を歓迎できないという人は、女性にも男性にもそりゃ多いでしょう。
 しかし半面、高市政権は高支持率を誇っており、発足直後から今日まで、各紙の世論調査でもおおむね70%以上を維持している(森君の教え子のみなさんも、たぶん支持派だよね)。この70%、厳しい言い方をすれば、左派リベラルの意識は、民意(体制派の意識)と乖離しているわけだ。

 「女性初の総理」に関していえば、この種の議論に、私は3日で飽きました。大方のフェミニストが落胆したのはわかるけど(私の周囲もみんなブータレてて、斎藤に厳しい意見を言ってほしそうだった)、世の中そうそう、自分たちの思うとおりになるわけがない(思うとおりなってたら、もともと118位の国に甘んじてはいませんて)。女性の政治家にも当然ながらいろんなタイプ、いろんな思想の人がいるわけで、高市早苗が首相になれたのも、そもそもは自民党の岩盤支持層に近い保守的な思想の持ち主だからでしょう。
 今日の状況を考えれば、フェミニストが首相になる日はまだまだ遠い。余談ですけど、過去を振り返ってその位置にいちばん近かったのは、1989年の参院選で「マドンナ旋風」を巻き起こした社会党の土井たか子さんだと思うけど、土井さんは93 年の非自民八党連立政権下で、衆院議長(これも女性初ではあったけど)という「名誉職」に追いやられた(96年まで議長職)。なので、94年に成立した「自社さ政権」でも、首相の椅子は土井さんには回ってこず、村山富市政権が誕生した。村山時代に社会党が過去の大方針を捨てて社民党に改名したことを思うと、あのときの議長職人事は明らかに「土井はずし」だったよね。

 まあそれでも、左派リベラルの嫌悪感とは裏腹に、「女性初の総理誕生」のプラス効果はあると思いますよ。少なくとも組織の中での女性リーダーの登用は確実に進むだろうし、自分も将来政治家になりたいという野心を抱く女の子も増えるだろう。 
 しかも今の日本は、東京都知事も小池百合子ですからね。国家と首都の二枚看板が2人とも女性って、私たちはけっこうおもしろい「画期的な時代」に巡り合わせたのではないだろうか。これで近い将来、皇室典範が改正されて「愛子天皇」が誕生したら、もうカンペキだよ。それは高市早苗や小池百合子が政治家としてどうか、という話とはまた別で、純粋に「数」や「地位」の問題でしかないけれど、進歩のためには「数」や「地位」も大切なんだよと思います。

 で、その高市首相ですが、外交デビューを一応そつなくこなした後で、まさかの大失態をやってくれた。11月7日の衆院予算委員会で、岡田克也元外相(立憲民主)の「存立危機事態」にあたる具体例を問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答えたという、あの件です。
 台湾有事については明言を避けてきた、安倍、菅、岸田を含む歴代首相の立場を大きく踏み外した「ヤバい答弁」であるのは明白で、案の定、中国は大反発。旅行業界やエンタテイメント業界にはすでに大きな影響が出ています。ただちに発言を撤回するか、撤回したくないなら辞任するか、二者択一の事態だと思いますが、彼女にその気はないらしい。
 問題なのはしかも、彼女のこの発言を無責任に支持する人が意外と多いことで、11月15・16日の朝日新聞の世論調査の結果は目を疑うものだった。

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「高市政権は外国人に関する政策を厳しくする方針です」と述べ、期待のほうが大きいか、懸念のほうが大きいか、聞いたところ、「期待のほうが大きい」は66%で、「懸念のほうが大きい」は24%だった。
 また、日本に来たり、暮らしたりする外国人が「増えたほうがよい」は26%で、「減ったほうがよい」の56%が上回った。外国人が「減ったほうがよい」と答えた人では、外国人政策に「期待大」は80%に達し、「懸念大」は14%にとどまった。
 外国人が「増えたほうがよい」という人では、外国人政策に「期待大」は50%だったが、「懸念大」も42%を占めた。高市政権の外国人政策について、年代別にみると、「期待大」は30代で80%にのぼるなど、50代以下では7〜8割を占めた。ただし、70歳以上では、「期待大」は49%、「懸念大」は34%と、差が縮まった。(16日の朝日新聞から引用)
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 台湾有事について直接聞いているわけではないけれど、排外主義がここまで進んでるんだ、とは思わざるを得ません。7月の参院選で、参政党が躍進したのも「排外主義」ゆえといわれてましたが、高市政権の誕生で、それがもう一歩先に進んだ感じがします。
 このままでは日本に対する中国の圧力は上がるでしょうから、そうすると人々の「反中」の意識はますますエスカレートし、高市首相が発言を撤回して、日中関係を好転させる契機も失われる。それでも高市支持は下がるどころか、現状維持または上昇傾向で、まるで1930年代です。「存立危機事態になり得る」とは「戦争状態に入る可能性がある」ってことじゃない? それでもいいとみんなは思っているのか。もう一度日本は日中戦争をしたいのか。
 それにつけても思うのは、日本のメディアの弱体ぶりだよね。両論併記をやってる場合じゃないよ。はっきりいえよ「存立危機事態」はヤバいんだって。と思います。

斎藤美奈子

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