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WEBマガジン 10/12/27


第二十三回 「裁判員裁判」と死刑

森達也 様

  上野千鶴子さんにやっつけられたとのこと、ご愁傷様でございました。それで今回の貴君のメールは、いつもとちがってちょっと気弱だったのでしょーか。斎藤は攻撃的だと貴君はいつも言うけれど、上野さんに比べたら私なんか全然たいしたことが、わかったか(笑)。

さて、国境の話も「こんなときに屈辱とか恥辱とか危機とか安易に口走る政治家には要注意だと思います」(←賛成です)という話も興味深いのだけど、私たちのやりとりで、いま俎上に乗せておくべきは、やはり「裁判員裁判における初の死刑判決が出た」の件でしょう。直近の新聞の解説記事をいちおう拾っておきますと……。


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「控訴勧めたい」裁判長説諭に波紋 裁判員初の死刑判決
朝日新聞2010年11月17日5時13分

 くじで偶然に選ばれて裁判員になった市民が、悩み抜いて出した結論は「死刑」だった。横浜地裁で16日、裁判員裁判で初めての死刑判決が出た。「加担したくはないが、日本には死刑がある。量刑の公平さを考えないといけない」と裁判員の一人は語った。誰もが罪と罰に向かいあう可能性がある裁判員時代。市民の死刑判断は社会にどんな変化をもたらすのか――。
 「重大な結論となった。裁判所としては、控訴を勧めたい」。朝山芳史裁判長は異例の説諭で締めくくった。判決後の会見で、被告に何を伝えたいかを問われた裁判員も「ひとこと言えるなら裁判長が最後に言ったように、『控訴してください』。そうなると思います」と話した。
 説諭には波紋が広がった。ある検察幹部は「被告が反省して刑を受け入れると言っているのに、その心情をかき乱す」と批判した。「裁判員の中で死刑か無期懲役かで意見が割れたからではないか」と推測する幹部もいた。
 被告の弁護人からも「被告には人間性があり、更生の可能性もあると言いながら(死刑を言い渡し)、『控訴したら』というのはよく分からない。何なんだろう」と疑問の声が上がった。
 国民が加わった判断の重みをどう見るべきか。ベテラン刑事裁判官の一人は「結論に自信を持っていても、命を奪う重大な刑に変わりはない。控訴審でも、あらゆる角度から検討を重ねてほしいとの裁判員の思いが、説諭に込められたのかもしれない」と理解を示した。
 法曹界に反対もあるなかで導入が決まった裁判員制度は、時に市民感覚から離れていると批判を浴びた量刑面で、「市民の良識」を司法に反映させることが目的だった。当初は、心理的負担の大きさを心配し、交通事故など軽い事件から始めようという意見もあったが、「社会的に関心の高い重大事件から始めるべきだ」という意見が大勢を占め、今の形になった。
 裁判員制度を生み出した司法制度改革審議会の委員として議論にかかわった元広島高裁長官の藤田耕三弁護士は言う。「審理に時間がかかり、心理的負担も大きい裁判が本番だ。有罪なら死刑が予想されるのに、被告が無罪を主張しているような裁判を乗り切れるかで、真価が問われるだろう」
 今回、記者会見に参加した裁判員は、わずか1人だけ。負担の大きさが影響したことをうかがわせる。「何回も涙を流した」「毎日大変で、気が重くて」。そんな苦しさも率直に打ち明けた裁判員は、それでもこう振り返った。「こんな素人でも、一般国民の考えを持った一人ずつが出てくる意味はあると思う。不謹慎な言い方かもしれないが、いい経験になった」


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 事件の内容は〈被告は昨年6月、マージャン店の経営を巡って男性経営者(当時28歳)と男性会社員(同36歳)とトラブルになっていた近藤容疑者の依頼で、2人を千葉県内のホテルに監禁。男性経営者から現金約1340万円を奪った後、2人を殺害し、遺体を横浜市金沢区の海や山梨県鳴沢村の富士山麓に捨てた〉(読売新聞 11月16日)というもので、従来の(裁判員制度導入前の)裁判でも、死刑判決が出た可能性が高い事件だったように思います。
 にもかかわらず「控訴を勧めたい」という異例の説諭を裁判官が行った点が議論の的となったわけですが……。
 やっぱりそうだったんだね、という感じです。「やっぱり」とは貴君がこの往復メールの最初の頃に「裁判員制度の焦点は死刑判決にかかわる点だ」とおっしゃっていた点です。
 制度の導入から1年半たって、はじめて直面した死刑判決。それは市民には重すぎる判断だった、ということでしょう。「控訴を勧める」とは、上級審での判断も仰いで「責任を分散させたい」、または「セカンドオピニオンも取りたい」という心情のあらわれだっただろうと想像されます。上の記事でも言及されているように、全員一致ではなく「裁判員の中で死刑か無期懲役かで意見が割れたからではないか」とも推測されます。
 いずれにしても、これで裁判員制度がどれほど過酷で無謀な制度かが誰の目にもハッキリしたんじゃないかと思います。もともとの制度設計に歪みがあったことは明らかで、もしそれでもまだ裁判員制度の続行に固執したいなら、
 (1)死刑を廃止する。
 (2)裁判員が全員一致の場合のみ死刑判決を可とする。
 (3)陪審員制度と同じように、有罪か無罪かだけの決定にとどめる。
 のうちのどれかしかないように思います。
 というより、裁判員制度はきっぱり廃止したほうがいい。たしか導入から3年後には制度の見直しができることになっていたはずですが、そもそも裁判員制度に反対だったはずの民主党政権に、制度見直しの動きは出ているのでしょーか。法務大臣のしょうもない失言のせいで、それどころではないのでしょうか。こっちのほうがずっと重要なはずなのにね。

 ただ、この件でひとつ「よい効果」があったとすれば、死刑制度の是非について、人々に改めて「わがこと」として考える気運が出てくるかもしれない点です。自分に何の責任もないと思えばこそ、被害者感情にただ乗りするような形で、いままでは(ここ数十年は)死刑存置論者が多かったわけですよね。しかし、自分が裁く立場になるかもしれないと思えば、少しは真剣に考える人が増え、死刑制度それ自体に対する疑問が出てくるかもしれない。裁判員制度の導入以来、全体に重罰化が進む傾向にあったとはいえ、死刑はやっぱり別物なんですから。

 もうひとつ、死刑関連でいうと、今年の7月24日、死刑廃止論者だった千葉景子法務大臣(当時)が、議員任期満了の前日に、自ら立会って死刑囚2人の刑執行を行いました。この判断に落胆した人も多かったと思いますが、彼女が報道陣に対して刑場を公開し(東京拘置所内の2階部分だけで、ほんとは1階こそ公開すべきだとは思うが)、「死刑囚がどのように最期を迎えるか公開することによって議論が活発化する事を期待する」と述べたことは、(何もしないよりは)よかったと思います。

 今年は、この後も死刑がからんだ裁判が何件も続きます。
 鹿児島地裁で11月17日に決心した事件では、検察側が死刑を求刑しましたが、被告が起訴内容を完全に否認し、無罪を主張しています。11月19日に仙台地裁で結審した事件の被告は19歳の少年で、検察は死刑を求刑しましたが、弁護側は更正の可能性を考えて少年院送致などの保護処分を求めています。
 死刑判決はどんな場合も重いとはいえ、冤罪の可能性がある本人否認事件と、未成年が被告の少年事件の判断が、一般人にゆだねられるわけです。鹿児島地裁の判決は12月10日、仙台地裁の判決は11月25日の予定だそうですが、こんども裁判官は「控訴を勧める」というのでしょうか。いわなきゃやってられないような気もします。
 そして、裁判員裁判では「控訴を勧める」が定番化し、一審が形骸化するのでしょうか(可能性1)。
 それとも、いまは死刑判決に慣れていないから、裁判員もメディアもナーヴァスになっているだけで、いずれこのような判決が日常化したら、報道の量も減り、裁判員も平気で死刑判決が出せるようになるのでしょうか(可能性2)。
 いまのところは、どちらに転ぶかわかりませんが、可能性2になるのだけは避けたいですね。

最後に……
>「どうやったらそんなに次々本が書けるの? 」 困ったな。そんなに次々ではないと思う。今年は今のところ3冊。11月28日にもう1冊。合計4冊です。決して多作じゃない。寡作でもないけれど。
年4冊は、私の基準でいけば十分に多作ですよ。私なんて年に1冊も本が出ない年も珍しくない。平均すると年に1・2冊くらいだもんね。……なんて自慢にもなりませんけど。
>ただしあくせく書いていることは確か。その理由を強いて考えれば、「売れないから」です。ベストセラーをもしも書けたなら、それ以降はこんなにあくせく書かないと思う。

それはお互い様でございます。ベストセラーなんて贅沢は申しません。一度でいいから2桁万部を売る本が書きたいよ。しかし、私にはその可能性はもうないね。ベストセラー分析ならばさんざんやってきたので、どういう本なら売れるか、ということとはある程度わかったきたが(すべて後付けだけどさ)、私にはベストセラー作家の資質がないなあと思い知らされるばかりです。若者たちに人気の高く、私よりずっと多作で、部数も多いに違いない森君ならば、まだ可能性はあるかもよ。がんばってください。

斎藤美奈子


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現代書館編集部から
森達也氏が『敗北を抱きしめて』(岩波書店)の著者である歴史学者ジョン・ダワーへのインタビューをおこないました。その内容は、 2011年1月2日の夜にNHKのBSで放送されます。是非、ご覧ください。



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