
 |
web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第167回 |
|
件名:「宝島」と「国宝」 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
「きみたちは映画を観ていないなあ」といつだったか貴君に怒られたことがあったので、珍しく映画の話を書きます。公開中の「宝島」(大友啓史監督)を見てきました。原作は2019年に直木賞を受賞した真藤順丈『宝島』。この本が出た際、朝日新聞に斎藤が書いた書評があるので貼っておきます。
------------------------------------------------------ 『宝島 HERO's ISLAND』真藤順丈 占領期の沖縄 若者たちの疾走
戦果アギヤー。米軍の倉庫や基地から物資を奪う者たちのことである。 そうでもしなけりゃ生きられなかった時代。医薬品や食料や建築資材を強奪しコザの人々に配る20歳のオンちゃんは戦果アギヤーの英雄だった。だが、1952年のある日、仲間とキャンプ・カデナを襲撃したオンちゃんは、米兵に撃たれた後に姿を消した。 後に残されたのは、実弟のレイ(17歳)、親友のグスク(19歳)、恋人のヤマコ(18歳)。真藤順丈『宝島』はここからはじまる、本土復帰前の沖縄の若者たちの、20年にわたるめくるめく流転の物語である。540ページの厚さだが、あっという間に読んでしまったさ。だってね、厚いだけじゃなく熱いんだ。 あの襲撃事件で3年の実刑を食らい、刑務所では待遇改善を求めて獄内闘争を起こし、出所後は「ごろつき」になった血の気の多いレイ。やはり1年半の実刑になるも戦後のすったもんだに助けられ、琉球警察の警官になった好青年のグスク。女給をしながら教員免許をとり、小学校の教師になった頑張り屋のヤマコ。 オンちゃんの行方を探す3人の動向を追いながら、物語は占領下の沖縄で起きた実際の事件や、苦渋に満ちた本土復帰運動をウチナンチュの目から描き出す。嘉手納幼女強姦殺人事件(55年)、小学校を直撃した米軍機墜落事故(59年)、基地の弾薬庫に貯蔵された毒ガスの漏洩(69年)。 後に「コザ暴動」と呼ばれる住民蜂起(70年)を前にしたグスクはその意味を考える。〈最果ての夜を疾走するのは、掛け値なしに無謀で、野蛮で、アメリカーをきりきり舞いさせてきた沖縄人たち。ここにいるのはみんながみんな戦果アギヤー≠セ〉 過去の沖縄戦と南国のリゾート。二つのイメージに挟まれて忘れられがちな占領期の沖縄を鮮やかに描ききった快作。「命」につながる表題の意味をあなたは最後にかみしめるだろう。
(朝日新聞 2018年07月14日) ------------------------------------------------------
映画の内容もほぼ原作通りで、映画では、姿を消したリーダーのオンちゃんを永山瑛太、親友のグスクを妻夫木聡、実弟のレイを窪田正孝、恋人のヤマコを広瀬すずが演じています。実年齢が大きく違う俳優をほぼ同年代の「幼なじみ」として描くことができたのは、20年という長い時間軸の物語だからでしょうね。 もう1作、少し前に観たのが、今年一番のヒット作と噂される「国宝」(李相日監督)です。原作は吉田修一『国宝』で、なんと森くんもご出演!(ビックリでしたよ)。 こちらも斎藤の書評があるので貼っておきます。 ------------------------------------------------------ 『国宝』(上・青春編、下・花道編) [著]吉田修一 道を極める女形二人 絢爛の軌跡
立花喜久雄ってえ男が『国宝』の主人公でありまして。長崎の極道の一門に生まれるも、15歳にして長崎を出ることになった。立花組の親分だった父親の権五郎が抗争で命を落とし、相手方の親分への敵討ちに及んだあげく、長崎にはいられなくなったという次第で。 時は1964年、東京オリンピックの年。父親の跡目を継いだ人物のはからいで、喜久雄の身柄を預かったのが、大阪の人気歌舞伎役者・花井半二郎だった。 一方、こちら、大垣俊介。半二郎の実の息子で、つまりは四歳から舞台に立つ梨園の御曹司。いずれ半二郎を襲名する身なれど、ちょっとぼんぼんなのがアレで。 二人はこうして、ともに女形の才能を見いだされ、切磋琢磨して稽古に励むことになる。 いや、朝日新聞の連載小説ですからね。んなこたぁ連載中から読んでいたから知ってるわ、かもしれません。が、ここはまとめてえいやっと読んでいただきたい。 学校帰りの道すがら〈なぁ、俊ぼん、京都行ったら、祇園に連れてってくれる言うたん、あれ、ほんまなん?〉と喜久雄が問えば、〈ほんまもほんま。うまいこと運ぶように、もう源さんに段取りしてもろうてるし〉と俊介が答える。お茶屋遊びの相談をこく少年なんてそうそうおまへんで。 20歳になり、大抜擢で『二人道成寺』を踊ることになった花井半弥(俊介)と花井東一郎(喜久雄)を前に半二郎は言う。 〈俊ぼん、アンタは生まれたときから役者の子や。他の子らと野球するのも我慢して稽古してきたはずや。何があっても、ちゃんとアンタの血ぃが守ってくれる。そいで喜久雄。アンタ、うちに来て何年や? 五年になるやろ。そのあいだ、一日でも稽古休んだことがあるか? ないはずや。この『道成寺』かて、誰よりも稽古してきたんやろ。せやったら、なんの心配もいらん〉 クーッ、いいこと言うねえ。 ところが、御曹司の俊介は困った親不孝者で、何を思ったか、こいつ、女の子といっしょに、ある日、出奔してしまった。病に倒れ目をわずらった半二郎は、ついに喜久雄に三代目花井半二郎を襲名させる決断をする。 極道の家に生まれた喜久雄と、歌舞伎役者の家に生まれた俊介。本人たちは血へのこだわりなど微塵もないのに、周囲がそれを許さない。役者の道をきわめるも、後年、喜久雄は出自に悩まされ、復帰を目指した俊介は思わぬアクシデントに見舞われる。 芸能界の華やかな話題もふんだんにちりばめた豪華絢爛な長編小説。友情あり、恋模様あり、歌舞伎の裏話あり。しばし、非日常の世界で遊ばれたし。 (朝日新聞 2018.年10月27日) ------------------------------------------------------ 書評なのになぜこんな、おかしな話し言葉になっているかというと、原作の『国宝』そのものがこういう語り口で書かれているからで、要はパスティーシュを狙ったからなんですが……。映画では喜久雄を吉沢亮、俊介を横浜流星、花井半二郎を渡辺謙が演じています。「宝島」もですが、豪華な配役です。
書評の日付をみると、どちらの本も発行は2018年で、マジメに働いてるやんけ斎藤! とわれながら思ったりしたのですが、それはそれとして。 書評家にとって、書評で取りあげた本にはそれなりに思い入れがあるので、『宝島』も『国宝』も映画化のニュースを聞いた時点で「絶対観る」と思ってました。 で、ここから先は映画の話をしなくちゃいけないんだけど、ものすごく書きにくい。プロの映画人である貴君を相手にぬけぬけと……という躊躇もありますが、世評に抗うのもちょっとな、という気分もこれありで。2作に共通する感想をまずいうと、どちらも 長すぎる! 「国宝」は2時間55分、「宝島」は3時間11分。 長いということ自体が両作の売りですが、問題はその長さが本当に必要なのか、です。どちらも少年時代から始まる長い物語(「国宝」は50年、「宝島」は20年)なので一定の長さが必要なのはわかります。わかりますけど、似たようなシーンが多すぎて、冗長なんだよね、「国宝」でいえば歌舞伎の舞台、「宝島」でいえば暴力シーン。 退屈だとまではいいませんけど「もうわかったから」と感じてしまう。編集で2時間に縮められると私は思いましたが、せっかく撮った映像をむげに切りたくはないってことなんでしょーか、わかんないけど。
ところで(比べるようなものではないにせよ)、制作費10億円という「国宝」が興行収入歴代トップに迫る大ヒットを記録しつつあるのに対し、それを上回る制作費25億円を投じたとされる「宝島」は、公開2週間で失速気味と報道されています。 理由はいろいろあると思いますが、ひとつは「わかりやすさ」の差でしょうね。 映画の「国宝」は、厳しい修練を重ねた末に大舞台に挑むという構造、ライバル同士の競い合い、血統と才能。原作で描かれた複雑な人間関係が端折られていることもあり、簡単にいってしまえば「スポ根もの」なんだよね。なので、歌舞伎の世界を知らなくても感情移入できる。実際の歌舞伎や文楽は毎日続く「仕事」なので、決勝戦に向かって突き進み、上り詰めていくスポーツとはニュアンスがちがう気がしますが。
一方の「宝島」は、史実をベースにしたフィクションであるため、原作を読んだか否か、沖縄の歴史を多少なりとも知っているか否かで、理解の度合いがちがってくる。 たとえ野暮になっても、ウチナーグチには字幕を入れたほうがよかったと思うし、嘉手納幼女強姦殺人事件(55年)、小学校を直撃した米軍機墜落事故(59年)、基地の弾薬庫に貯蔵された毒ガスの漏洩(69年)……などについては、それが史実であることの説明とか、ニュース映像やドキュメント映像を挟みこむとかしないと、右から左へ話が流れていくだけで、印象がぼけてしまう。だからダメだということではなく、クライマックスの「ゴザ暴動」をはじめ、せっかく迫力のある映像を撮ったのに、もったいないということです。 もっといえば、6回くらいの連続ドラマにしたほうが、占領時代の沖縄という題材とはあっていたんじゃないだろうか。
とかいう批判が出るのは重々承知の上で、監督はあえて何も説明せず、臨場感を最優先にしたのでしょうけれど、娯楽映画に社会性をもたせるためにはどうしたらいいかを考えさせる案件ではありました。と、いろいろ難癖を付けてますけど、基本的には悪くない映画だとは思ってるんだよ「国宝」も「宝島」も。
斎藤美奈子
|
|
|
|
|
|