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WEBマガジン 25/07/30


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第165回

件名:選挙結果と石破おろし
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

猛暑の中、参院選(7月20日)が終わりました。
自民が凋落(52→39議席)、公明は瀕死の状態(16→8)。結果、自公が過半数割れに至ったのはよかったというより「当然だわな」と思う半面、立憲民主(22→22)は停滞、共産(7→3)も没落、社民(2→1)はぎりぎり政党要件を満たすのが精一杯。れいわ(2→3)は少し伸びたけど、旧リベラル勢力は事実上の「惨敗」ですよね。 
 代わりに票を飛躍的に伸ばしたのは、旧民主党の右派を集めた国民民主(4→17)と、新参の極右政党・参政党(1→14)だった。比例代表の得票率は、1位自民、2位国民、3位参政で、立民は4位に甘んじる始末。国民民主もかなり問題がありますが、「日本人ファースト」を掲げる参政党が14人も当選したのには、ガックリきました。
 なんていうことは当然、貴君も気にかけているはずですし、なぜ参政党が急伸長したかについてもさんざん論評されているので、これ以上は言及しません(いつか言及するかもですが)。

 本日は7月末時点での政局の焦点「石破おろし」について書きます(これは床屋談義ではなく、けっこうマジな杞憂です)。
 国政選挙で2連敗、都議選も含めれば3連敗した以上、石破首相の責任論が浮上するのは当然でしょう。とはいえ、嬉々として「石破おろし」をやっているのは、裏金問題や旧統一教会との癒着が取りざたされた旧安倍派議員(萩生田光一、松野博一、西村康稔、世耕弘成ら)が中心で、オマエに言われたかねーよ、という白けた気分になるのは否めない。
 そこまではまだ党内人事の範囲内だとしても、旧安倍派とつるんでいるのかどうなのか、新聞各紙、政治学者、政治評論家らがこぞって「石破おろし」の論陣を張っているのは何なのか。本人が退陣の意思を表明してもいないのに、読売新聞と毎日新聞が「石破首相退陣へ」と1面で打ち(読売に至っては号外まで出し)、後に「誤報だ」と批判されたのは、あからさまな政治介入、あるいは世論誘導でしょう。
 加えて新聞各紙、政治学者、政治評論家らが、突如上がった「石破やめるな」という(野党支持者界隈から上がった?)声を、冷笑的に論じているのは見過ごせない。

 一例として、7月26日の東京新聞朝刊オピニオン面の匿名コラム「ぎろんの森」を全文引用します(有料記事ですが、これを引用しないと話ができない)。

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石破首相続投論の不可思議

 不可思議なことが起きています。参院選で大敗した自民党の総裁、石破茂首相の進退を巡り、SNSで「#石破辞めるな」との投稿が広がっているというのです。

 東京新聞は、石破氏が記者会見で続投を表明した翌22日の社説「与党が参院過半数割れ 首相続投は民意軽視だ」で「国民の支持を失った政権は政策を遂行できず、民意の軽視というほかない。進退を自ら決するよう求める」と辞任を促し、25日の社説「石破首相の進退 信なき政権が招く混乱」でも「首相が居座っても政策実現は難しく、政治の混乱を長引かせるだけだ。一刻も早く身を引くべきである」と指摘しました。

 これに対し、石破氏を擁護する人は自民党大敗が石破氏だけの責任ではないことや、石破氏の後継に、より保守的な首相が就任することへの懸念を挙げているそうです。
 東京新聞にも読者から「石破さんが首相を辞めて、次は誰になるのか、石破さん以上に首相にふさわしい人はいないと思う」「退陣要求の面々は旧安倍派の過半数割れの戦犯ばかり。名乗りを上げそうな後継候補は右派。こういった流れを見れば『石破やめるな』の動きが出るのは当然」との声が届いています。

 では、有権者はなぜ昨年の衆院選に続き、衆参両院での与党過半数割れという自民党史上初の厳しい状況に追い込んだのか。それは自民党が政権を担うに足る信頼を失ったからにほかならず、その責任は石破氏だけでなく、歴代首相が負うべきは当然です。
 石破氏がそれほど首相にふさわしいと考えるなら、自民党を勝たせるべきでした。選挙で大敗した党首の責任を問わず、続投を容認することはご都合主義が過ぎます。
 代議制民主主義で、選挙は有権者が意思を表示する最も重要な機会です。その結果を軽視して、政権に居座り続けることが、民意を尊重し、民主主義を実践することになるとはとても思えません。

 与党は衆参で過半数割れしていますが、後継首相はともに第1党の自民党から選ばれる可能性が高いでしょう。
 しかし、野党が結束すれば非自民の首相を誕生させることは可能です。石破氏に続投を求めるよりも野党に結束を促す方が、たとえ困難でも、選挙結果に沿い、建設的だと考えます。(と)
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 東京新聞は29日にも「石破やめろ」の社説を載せたので、3度にわたって「やめろ」の社説を載せた筋金入りの「おろし」派なわけですが、このコラムで、特に気になる点は二つある。

 まずここね。
 「石破氏がそれほど首相にふさわしいと考えるなら、自民党を勝たせるべきでした」「代議制民主主義で、選挙は有権者が意思を表示する最も重要な機会です。その結果を軽視して、政権に居座り続けることが、民意を尊重し、民主主義を実践することになるとはとても思えません」 

 要するにこれは「民主主義は選挙の結果がすべてなんじゃ。四の五の言わず、選挙結果に大人しく従わんかい、こら」と有権者に向かっていっているのと同じです。
 「石破やめるな」は、次期首相候補と目される人物(高市早苗、小泉進次郎、小林鷹之、玉木雄一郎等)への強い懸念があるからで、「これ以上、右翼の国にしたくない」「参政党まで出てきちゃったんだぜ。誰が防波堤になるんだよ」「ならば石破のほうがずっとマシ」という切羽詰まった消去法の選択、ギリギリの判断なわけだよね。
 「代議制民主主義で、選挙は有権者が意思を表示する最も重要な機会」と、したり顔でいうけどさ、代議制民主主義ではリーダーを直接選ぶことができないから、やむを得ずSNSや官邸前デモで人事に口を挟んでんだよ。どこが不可思議だよ。安保法制時の「アベ政治を許さない」と行動原理は変わらないんだよ。……ということです。

 もうひとつはここ。
 「野党が結束すれば非自民の首相を誕生させることは可能です。石破氏に続投を求めるよりも野党に結束を促す方が、たとえ困難でも、選挙結果に沿い、建設的だと考えます」

 何を寝ぼけたことを、です。野党の結束とは立民、国民、維新、共産、社民、れいわ、参政を含めた連合を意味するわけですが、左右入り乱れたこの7党が現実に連立を組めると本気で思ってんのかな。仮に連立できたとしても、それは極右勢力も入った大連立なわけで、そういうのを大政翼賛というんじゃないんですか、って話です。
 自公が過半数割れしたにもかかわらず、政権交代の機運が盛り上がらないのは、完全に野党のせい。要は野党(特に野党第一党)も信頼されてないのよね。「野田を首相に」ではなく「石破やるめな」になるのは「野田より石破のほうがマシ」と有権者に思われている証拠。「石破おろし」をボヤッと見てる暇があるなら、「野田おろし」をやったほうがいいよ。

 選挙はもちろん最大の民意だけれど、選挙結果「だけ」が唯一絶対の民意ではない。「勝てば官軍なんでもできる、敗将はすぐに去れ」という論調が常に正しいとは限らない。選挙結果がすべてなら、6度の国政選挙で連戦連勝したのを盾に、強引な政権運営を続け、解釈改憲までやった安倍の政策はすべて正しいってことになる。知事選に勝ったのを盾に今も知事の座に居座っている斎藤兵庫県知事も正しいし、選挙に勝って暴れ回ってるトランプ大統領も正しい。
 思えば旧民主党政権が潰れたのも、「鳩山おろし」(2009年の参院選前に支持率が20%を切った)、「菅おろし」(2010年、参院選で負けてネジレ国会になった)の果てに、野田が自爆解散をした(2012年)せいじゃない? それで安倍の長期政権を許すことになったわけだよ。

 私は石破の政策に全面的に賛同しているわけではもちろんないけど、彼が古きよき自民党のテイストを残した「保守リベラル」の政治家であることは、彼のこれまでの発言や著書からもうかがえる。憲法や安全保障については共闘できないタカ派だけど、少なくとも歴史認識は正常です。
 私が石破の(続投というより)延命を願うのは、8月6日と9日の原爆記念日と15 日の終戦記念日を(もっといえば9月1日の震災記念日も)控えているからです。
 安倍政権時代にズタズタにされ、戦後70年談話で後退した歴史認識を、80年談話で、戦後50年の村山談話(侵略戦争と植民地支配への謝罪と反省を述べた)のレベルに戻せるのは、政権与党では石破だけではないかという期待がある(閣議決定した談話ではなく個人的なメッセージになりそうだと報道されているけど)。まあ幻想かもしれないけどね。就任以来、独自のカラーを出せずにきた石破。仮にどこかの時点で辞任するとしても、9月1日までは権力にしがみつき、最後くらいはきっちり仕事をして去れよ、と思います。

斎藤美奈子

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