現代書館

WEBマガジン 11/08/08


第三十回 メディアは信じる客体ではない

森達也


斎藤美奈子さま


 何だろうこの暑さは、と思いながら、もうひとつ、何だったのだろうあの計画停電 は、と思わざるを得ない今日このごろです。
 まあ察しはついていたけれど、どう考えても原発事故直後に行われたあの計画停電 は、「もし原発を止めたらこんなに大変なことになるぞ」との東電のブラフだったとしか思えない。
 忘れていけないのは、あのときに信号が停止したことで事故が何件か起き、死者も出ているということ。今回の原発事故で東電だけを責めるつもりはないけれど、でも事故ではなく既得権益確保のための計画停電で大きな犠牲を出したことは、間違いなく犯罪行為です。

「ひとつ新鮮だったのは、70年代においてマスメディアはけっして住民運動の「敵」ではなかったということでした。」

 僕や美奈子さんの世代にとっての70年代は、中学生から始まって、ちょうど大学を卒業するころまでですね。その時代のマスメディアは、行政や企業の側に立っていなかったということなのかな。
 住民運動とメディアという関わりで思い出すのは、(70年代ではないけれど)1968年にTBSの報道スタッフが、成田空港建設に反対する住民たちをロケ車に乗せて集会場所まで運んだことが発覚して、国会まで巻き込んで大きな問題になったことがありました。世に言うTBS成田事件。この前年にはやはりTBSで、当時キャスターだった田英夫さんがレポートしたベトナム戦争の番組が、反米的な要素が強いとして自民党政権から抗議されたこともあった。牛山純一さんが日本テレビで「ベトナム海兵大隊戦記」をオンエアして、やはり自民党政権から強い抗議を受けて第二部のオンエアを中止したのは1965年。そして70年代を過ぎるけれど、NHKにいた小出五郎さんがNHK特集「核戦争後の地球」で核兵器の凄まじい恐怖を訴えて、やはり自民党政権から抗議されて当時のNHK会長が国会で証人喚問されたのは1985年。このときのNHK会長は自民党議員の攻撃に一歩も引かなかったけれど、それから16年後の2001年にNHKは、自民党の安倍晋三や中川昭一議員からの圧力でETV番組を改編して大きな問題になったけれど、問題の方向が180度転換している。
 こうしてみると確かに、日本のテレビメディアが健全に機能していたのは80年代前半までであることは明らかですね(営利企業をスポンサーとしないNHKは、市場原理による変質が民放より遅い)。それにしても自民党は、本当にどうしようもない政党だったと改めて思います。
 現在においても自民党は、原発問題についての謝罪や自己検証の姿勢が、呆れるくらいに薄すぎる。安全神話にせよ原子力村にせよ、そのグランドデザインを自分たちが描き、さらにここまで牽引してきたことは確かなのに。自己批判や検証をしないまま「この難局を菅政権では乗り越えられない」と主張されても、説得力は全くない。
でも僕にとっては説得力はないけれど、多くの人にとってはそうでもないのかな。菅は早くやめろと言う人がとても多い。でもならば聞きたい。この大事な時期に、首相が交代しなくてはならないその理由を。僕にはさっぱりわからない。
メディアについて言えば、週刊誌全般は菅下ろしの急先鋒ですね。例えば先日目にしたのは(どの雑誌か忘れた。たぶん週刊文春か新潮か現代)、国会で菅首相が一瞬だけ目を閉じた写真をグラビアで使いながら、「この大事な時期に居眠りするような首相に政権を任せられるのか」というようなことをキャプションに書いていた。あまりに稚拙で露骨すぎる(そういえば美奈子さんも『DAYS JAPAN』で、痛快な週刊誌批判を展開していたよね)。 確かに政権や体制批判はメディアにとって重要な使命であるし、菅政権を特に擁護すべき政権とは思っていないけれど、これでは批判というよりほとんど嫌がらせです。
 とにかくため息と共に改めて思うのは、いつのまにか原発54基で世界第三位の原発大国になっていたという現実です。世界で唯一の被爆国だというのに。世界でも突出して地震が多い国だというのに。「想定外」という言葉を使って東電はさんざんに批判されたけれど、この事態は僕たちにとってもやっぱり想定外であり、その意味では想定していなかった自分たちこそ、反省と自己検証をしなくてはいけない。
もう一つ補足。最近の原発がらみの報道を見たり読んだりしながら気になることは、「情報が錯綜していて何を信じればよいのかわからない」と怒る国民がとても多いこと。そう言って怒る人たちの多くは、「信じるべき情報がどこかに存在している」と思い込んでいるのだろうな。
 情報は信じるものではない。100%正しい情報など存在しない。なぜなら映像にせよ文章にせよ情報は、人によって加工される。つまり誰かの視点が絶対に入る。
だからこそあらゆる情報に対しては、常に懐疑を持ちながら接しなくてはならない。
誰かの視点であることを意識し続けなくてはならない。情報(メディア)は少なくとも、「信じる」客体では絶対にない。つまりメディア・リテラシーです。

 八丈島、いいな。何の仕事ですか。報告を楽しみにしています。


森達也

【最新記事】
GO TOP
| ご注文方法 | 会社案内 | 個人情報保護 | リンク集 |

〒102-0072東京都千代田区飯田橋3-2-5
TEL:03-3221-1321 FAX:03-3262-5906