現代書館

WEBマガジン 12/03/13


第三十六回 映画『311』の賛否について

森 達也

斎藤美奈子さま

昨夜、新潟日報の記者と食事をしました。森沢真理さんと鈴木聖二さん。どちらもきっと美奈子さんとは懇意だよね? いま名刺を確認したら、鈴木さんの肩書は編集委員室長だし、森沢さんは文化部長で編集員と論説委員も兼ねている。要するに社内では相当に偉いのだろうな。
場所は沖縄料理店だったのだけど、途中から泡盛とかクースーとかがテーブルの上に並びだして、これがまた清明な水のように口当たりが良くて、気がついたら相当に杯を重ねていました。当然ながら美奈子さんの話も出た。火坂雅志くんは家でも和服を着ているのだろうかとの話も出て、新潟は創価学会と立正佼成会の始まりに深いかかわりがある宗教的な地であるとか、裏日本の裏という言葉には魂という意味もあるのになぜ使ってはいけない言葉なのかとか、僕らの母校である新潟高校ではOBである会津八一の碑はあるけれど坂口安吾についてはほとんど黙殺されているようだとか、鈴木さんは子供のころに姉と二人でUFOを目撃したとか、隻眼の人に宗教者や超能力者が多い理由は何だろうとか、柏崎の原発を新潟日報は報道機関としてどう捉えているのかとか、二人とも『僕のお父さんは東電の社員です』を読んでいてくれて、とても面白かったですと感想を言われたけれど、でもamazonのレビューでは賛否両論ですよとか、まあ酒の場だから話題はあっちへ行ったりこっちへ来たり、転がってテーブルの端から落ちたり誰かが途中で遮ったりまたしばらくしてから復活したりといった二時間あまりだったけれど、僕が「美奈子からは怒られてばかりです」とぼやいたら、二人とも「わかりますわかります」と頷いていたよ。一夜あけて今、何が「わかります」なのだろうとあらためて不思議だけど。

賛否両論といえば、東京では3月3日から公開される映画『311』だけど、やっぱりこれも賛否両論。シネマトウディという映画サイトの記事http://www.cinematoday.jp/page/N0039195を以下に貼ります。

[シネマトゥデイ映画ニュース] 8日、東京の座・高円寺で開催中の「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」で、映画『311』の上映後、共同監督を務めた森達也、安岡卓治、綿井健陽、松林要樹が出席、本作について語った。
 「誰も、観たくなかったはずのドキュメンタリー。」というキャッチコピーが付けられた本作。東日本大震災発生から15日後となる3月26日に4人は震災の被害にあった福島、岩手、宮城を縦走した。しかし、搬送中の遺体にカメラを向けたことから、遺族に「なぜカメラを向けるのか」と詰め寄られるシーンまでが劇中に登場するなど、まさに賛否両論の渦を沸き起こした。
 これについて森は、「ネットでは、遺体をたくさんさらした映画みたいに誤解が広がっていて。遺体を使って金もうけをしやがってという意見がたくさんありますが、賛否両論がなければ公開する意味はない」とキッパリ。また、「金もうけをしている」という批判については、「ドキュメンタリーでは金は稼げない。金を稼ぎたかったら別のことをやっている。称賛されるでも罵倒(ばとう)されるでもいい。とにかく観てもらいたいだけ」と語る。
 そして、遺族にカメラを向け「今のお気持ちはどうですか?」と問いかけるようなマスメディアの行為を、「バカですよね。でもそうしないと画も撮れないし、話もわからない。メディアというものはそういう仕事だと、自分をごまかしている」と自虐的に語る森。一方で、見渡す限りのがれきや、遺体を目の当たりにして、「何を聞けばいいのか。そもそも何をしにここに来ているのか。僕らだけでなく、ほとんどのメディアが立ちすくんでいた」と当時を述懐。
 森は、そう感じた背景には「うしろめたさ」があるからだと指摘する。「これまでも四川やハイチ、スマトラと世界では大勢の人が泣いてきたのに、自分は何も感じてこなかった。しかし311以降、自分の冷酷さに気づいてしまって納得できない。だから、うしろめたさがキーワードなんです。つらいからがんばれとか、きずなとか、そっちだけに行っちゃ駄目です。うしろめたい思いをしっかりと見つめないと」と観客に呼び掛けていた。(取材・文:壬生智裕)
映画『311』は3月3日よりユーロスペースほか、全国順次公開

この記事に対して、ネットでは数多くの批判が書き込まれた。「遺体を商売にしやがって」とか「遺族を踏みにじるクズ監督たち」とか「自分たちの家族を遺体にして撮ってからにしろ」とか「ブサヨ(不細工な左翼という意味らしい)は北朝鮮に帰れ」とか「鬼畜で後ろめたいのはおまえたたちのほうじゃないか」とか。
まあ、批判がくることはわかっていた。というか、震災後に一気に広がった自粛ムードに水を差すこともテーマのひとつ(メインではないけれど)ではあるので、批判がなければむしろ困っていたと思う。
でもね、その批判の方向があまりに一方向なんだ。とても貧しい。「遺体を商売に使うな」とか「遺族を踏みにじりやがって」とか、今の社会の多数派が掲げる正義を、これでもかとばかりに振りかざしている。ネットならばもっと悪辣で鋭い批判が来るだろうと予想していたのに、これは相当に肩透かしだった。
そういえばつい数日前、勝間和代さんがホスト役を務めるBSの番組に呼ばれて、二人で死刑問題について30分ほど喋った。で、やっぱりこれが放送されたた後も、すさまじい量の批判が(予想どおり)ネットに書き込まれたけれど、これもまた、「自分の子供が殺されてから死刑廃止を主張しろ」とか「被害者の気持ちを知れ」とか「遺族の思いを踏みにじるな」とか、やっぱり方向は一緒。正義をまとっている。
二ちゃんねるなどに書き込む人たちの多くは、どちらかといえば若年層だと思う。おそらくは10代後半から20代。ならば世間一般に流通する正義や大義に対して、もっと違和感が働いてもいいと思うのだけど、これがまったく出てこないし一方向。自分たちこそ正しいと思っているのだろうけれど、その正しさへの懐疑がほとんどない。
まあでも、それはそれとしても、やっぱりものすごい量の悪意の書き込みだから、読んでいるうちに打ちひしがれてくる。嫌になってしまう。鬱になってしまう。書きながらふと気がついたけれど、これはまさしく、滝本太郎弁護士と青沼陽一郎氏のブログと共通する要素がある。この二人も、自分たちは絶対的な正義なのだと思い込んでいる。だから彼らにとっての悪(森達也)を徹底して叩いて作家生命を奪うことは、正しいし真直ぐな行為なのだろう。

「あおちゃんは、真っ直ぐだからな……」
 よくそういわれていたのを思い出します。

これは最新の青沼氏のブログの一文。創2月号が発売されてかなり過ぎてからの更新だけど、僕の反論についてはまったく触れていない。「あおちゃん」は言うまでもなく自分のこと。自分たちがまた反論するための伏線のつもりなのかもしれないけれど、自分で自分について、このように書く人も珍しい。
創に反論を書いて以降、二人からは全く反応がありません。あきれた。もうこちらからは触れない。最後の最後のつもりで、僕のウェブサイトに掲載したコラムを下に貼ります。これについてはここまで。次号からは違う話をしましょう。

滝本太郎様 青沼陽一郎様 あるいは脱カルト協会の理事やその他多くの皆様

およそ半年にわたって続いてきたあなたがたの抗議、あるいは攻撃、あるいは悪罵に対しては黙殺し続けるつもりではあったけれど、 あまりに度が過ぎるので、これが最後のつもりで月刊誌『創』3月号に反論を書きました。滝本さまと青沼さまのお手許には届いているはずです。 僕が沈黙しているあいだは、それぞれのブログであれほどの嘲笑や悪罵を書き連ねてきたのに、今のところまったく触れてこない。
僕はもうこれ以上あなたがたに言及するつもりはないけれど、まさかそちらも黙り込むとは予想していなかった。反論できないのですか?  特に青沼さまは、『A』がテレビから排除されて映画になった経緯について「それも嘘ですから」と断定した根拠を、しっかりと明示してください。 あれほどに罵倒して記者会見まで開きながら、一回の反論で黙り込むなんてあまりに情けない。もしも反論できないのなら、「自分たちが間違っていた。 本を精読しないまま抗議した」ときちんと表明しなさい。それぞれ弁護士とジャーナリストという立場なのだから、その程度はするべきです。

世界は広い。そして人は多い。様々な意見や違う視点があることは当たり前だ。だからこそ議論をしたかった。こちらにも思い込みや間違いはあるかもしれない。 視野狭窄に陥った瞬間があるかもしれない。修正すべき点があるならば修正する。討論したかった。違う意見を尊重したかった。なるほどと納得したかった。 納得してほしかった。少なくとも僕は彼ら(滝本・青沼)に対して、討論は拒否しながらネットで、 「羞恥心はないのでしょうか」とか「って、アホか」とか「卑劣な嘘」などの言葉は使わない。これまで使ったこともない。(創3月号から引用)

正当な根拠のある抗議や批判ならば、こちらも謙虚に受け取る。しかしあなたがたは、自分たちが批判されている『A3』に傷を付けることだけを目的にしている。 だからこそ「弟子が勝手にサリンを撒いたとか麻原無罪を主張している」などと存在しない論点を掲げて、討論を提案すれば筋が違うと逃げ、ネットで悪罵を書き連ねる。 そのレベルに自分を落とすつもりはない。とにかく以降は黙殺する。でも記者会見を開いて抗議書まで送りつけてきたのだから、"けじめ"だけはつけなさい。

                             2012.2.20 森達也

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