現代書館

WEBマガジン 13/07/03


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第九回

件名 :もう完全に鬱。

投稿者:森達也 2013/07/01(Mon)



 都議選も終わり参院選も近い。でももう結果は明らかですね。衆院選のときは小選挙区制マジックが働いたなどと主張する人もいたけれど、都議選の結果を見ればそれだけではないことは明らかだし、そもそもこの投票率は何だろう。メディアや一部の識者は選択肢が有権者に与えられていない(つまり投票したい政党が不在である)などと分析しているけれど、そんなことはないよね。原発について。TPPについて。安全保障について。憲法について。示す道筋は政党によってずいぶん違う。今このときに意思表示をしないということは、どうなったっていいってことでしょう?
 国民の半数近くがそう思っている。ならばもうどうでもいいや。僕もそんな気分になる。本当に鬱になる。本音では床屋談義もしたくない。もうエネルギーがほとんどない。だから今、無理やりに書いています。

 特に政治の場において、言ったりやったりしてはいけないことの閾値が、このところは急激に変わっているような気がします。上がっているのか下がっているのかはわからないけれど、短く言えばなし崩し。
 特にそのことを強く感じたのは、4月28日に行われた「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が終了するときに起きたこと。天皇皇后ご夫妻が退席するために立ち上がって歩きかけたとき、突然「天皇陛下万歳!」の声が響き、壇上にいた安倍晋三首相、麻生太郎副総理、竹崎博允最高裁長官たちも唱和しながら手を挙げることを繰り返した。
 僕が特に驚いたのは、違憲審査における最終的な法令審査権を持つことで憲法の番人と称される最高裁判所の長が、国家の主権回復を祝う式典に出席して、しかも現行憲法においては「この地位は、主権の存する国民の総意に基づく」(日本国憲法第一条)と規定された天皇を称える行為に追随して万歳したこと。二重三重に捩じれている。さらに驚いたことは、内閣広報室と内閣府大臣官房政府広報室が提供する政府インターネットテレビが式典の最初から最後までの映像をウェブサイトに配信しているのだけど、万歳三唱の最初の唱和(つまり「天皇陛下万歳」)の音声だけが、ぷっつりと消されていること。残されているのは二回目と三回目の万歳だけ。
 やったことにも驚くし、あっさりと消すことにも驚く。躊躇いや葛藤がまったくない。やることや言うことに摩擦がほとんどない。メディアも同様。政府インターネットテレビから「天皇陛下万歳」が消えたことを批判しない。これでは天皇があまりに可哀想。
 摩擦が起こらなければ初速が失われない。情報はそのまま残る(散逸しなくなる)。エントロピーが増大しなくなる。分子や原子が安定して存在できなくなる。服を着れないとか電車が止まらないとかのレベルではなくて、この宇宙自体が存在できなくなる。
 摩擦はそれほどに大事。ところが働かなくなっている。だからつるつる滑る。その状態が加速しています。


 もうひとつ、鬱になることを書きます。6月28日の朝日朝刊に載っていたけれど、朝日の投書欄「声」に投稿が掲載された読者の住所や電話番号が、ネットの掲示板やブログなどに晒されて、自宅に嫌がらせの電話がかかってきたりしているという。一部引用します。

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 「声」欄に投書が掲載された読者が被害を受けたことを、朝日新聞が最初に把握したのは昨年秋。自宅や勤務先に無言電話や嫌がらせの電話があったとの訴えが複数の読者から編集部に寄せられた。日記風ホームページ・ブログのコメント欄に、紙面に掲載された投書、氏名とともに、紙面には載せていない詳しい住所と電話番号が掲示されていた。(中略)
 中部地方の男性は昨年10月、投書が紙面に掲載された。安倍晋三・自民党総裁の改憲姿勢に疑問を呈する内容。数日後の午前3時すぎに自宅に電話があり、無言がしばらく続いた後、男の声で「売国奴」とののしられたという。住所と電話番号がブログに掲載されたことをあとで知った。
 憲法9条を守りたいという趣旨の投書が掲載された男性の自宅には、まもなく、男の声で投書をとがめる内容の電話があった。「お前の家はわかっているぞ」とも言われた。
 ブログや掲示板に載せられた住所や電話番号は、ネットの電話帳などを使って調べたとみられる。投書した読者と同姓同名の別人の住所などが書き込まれたケースもあった。



 こうして引用しながらまた鬱になる。もう形容すべき言葉も見つからない。こうして言論はどんどん萎縮して、一定の方向に刈り揃えられる。「売国奴」や「国賊」くらいは僕は馴れっこだけど、市井に暮らす人たちにとっては本当に怖いと思う。まさしくネットを使ったテロだよ。しかも加害する側にはそれだけの覚悟がない。ブログが炎上した岩手県議が自殺したけれど、「死ね」などと書き込んでいた人たちが、「まさか本当に死ぬとは(笑)」などと書きこんでいるらしい。
 もう本当にうんざり。本当に嫌だ。

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