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WEBマガジン 14/11/21


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第三十二回

件名  :解散と田中正造と天皇
投稿者:森達也

斎藤美奈子 様

何から書こうかな。
床屋談議はやめたいと互いに思いながら、結局はやめられない。だって他のことを言ったり書いたりしている余裕がない。あまりにいろいろな意味でひどすぎるから。
特に今回の解散。多くの人がもういろんな媒体で書いたり言ったりしているから詳細は省くけれど(実は僕も他紙で書いた)、これほど意味がない選挙はありえない。以下は朝日新聞デジタルからの引用。

安倍晋三首相は、消費増税先送りと衆院解散を表明した18日夜の会見直後からNHKと民放2社の報道番組に相次ぎ出演するなど、メディアへの露出を一気に増やしている。首相は増税延期や解散の理由について熱弁を振るう一方、キャスターらの質問にいら立つ場面もある。(中略)
「消費税率10%への引き上げを18カ月延期する。大きな決断だ。決定するのであれば、国民に信を問うべきだ。アベノミクスの正否を問うべきだ」(NHKのニュース番組で)
NHK、日本テレビ、TBSと相次ぎ出演した首相は、各局で解散の意義を強調。「私たちの改革をスピードアップしていくためには、国民の皆様の声を聞き、その上で力強く進めていきたい」(日本テレビで)と述べた。
 だが野党側は「今なぜ解散をするのか多くの国民には理解できない。消費増税を先送りせざるを得ないというのは主要政党全てがそろっているので、信を問うても国民に選択肢はない」(民主党の枝野幸男幹事長)と批判を強めている。

この記事によると、TBSに出演したとき安倍首相は、「賃金は上がっていない」との声を拾った街頭インタビューの映像をスタジオで見てから、「これは街の声ですから、皆さん選んでおられると思いますよ。しかし事実、6割の企業が賃上げをしているんですから。全然声が反映されていませんが、おかしいじゃないですか」と言ったらしい。
「皆さん選んでおられると思いますよ」との認識は正しい。テレビの街頭インタビューはそんな存在。多くの声を集めて、そこから編集で取捨選択する。そこには当然ながら番組サイドの恣意性が入る。日本テレビやフジテレビなら「景気は良くなった」的なコメントを選択するかもしれないし、TBSやテレビ朝日は違う方向に働く。その認識はその通り。
でも現状として、やっぱりアベノミクスは失敗だと思う。多くの経済学者が安倍政権発足直後からそれは予想していた。僕は経済については絶望的なほどに門外漢だけど、やっぱりねと実感している。
とにかくここ数日のメディアでも、やはり安倍首相は「消費税引き上げ延期についての信を問う」としか解散の意義を説明しないけれど、ならば訊き返せばいい。じゃあどんな結果になったら消費税引き上げ延期についての信が現れるのですか? 自公が負けたら? それとも自公が圧勝したら? さっぱりわからない。枝野幹事長が言うように、誰も延期については反対などしていないのだから。
なんかもう、稚拙すぎてどこから反論すればいいのかわからないという感じ。そのために使われる国費は700億円。野党だけではなく、国民からもっと、いいかげんにしてくれとの声があがってもいいと思うのだけど。

今回は話題をもうひとつ。今年5月21日、天皇皇后両陛下は、東北新幹線で栃木県を訪問した。一泊二日の私的な旅行だという。以下はネット版毎日新聞から引用。

天皇、皇后両陛下は21日、足尾鉱毒事件の対策として設けられた渡良瀬(わたらせ)遊水地(栃木市など)を訪れた。同事件を巡っては、1901(明治34)年に当時の衆院議員の田中正造が明治天皇に鉱毒被害を訴えようと、直訴状を手渡そうとした歴史がある。天皇陛下は正造の資料が残る佐野市郷土博物館(同県)も訪れ、訂正印の入った直訴状を見ながら「この赤いのが訂正ね」などと話したり、麦畑が鉱毒で汚染されている写真などに見入ったりした。

とこれだけの記事なのだけど、これって実は大変なことなんじゃない? 直訴状を手に明治天皇が乗る馬車に走り寄った田中正造は、近づけないままに警官隊に取り押さえられた。結局のところ直訴状は、天皇の手に渡っていない。公式にはその後の大正・昭和天皇も、この直訴状を読んだという報道や発表はない。
つまりこの5月21日に、死を覚悟した田中正造の直訴を、初めて公式に天皇が目にしたわけで、これはもっと大きなニュースになるべきではないのだろうか。直訴状の時期、その内容や背景、足尾銅山の政治的位置づけなどを考えれば、少なくとも「「この赤いのが訂正ね」などと話したり、麦畑が鉱毒で汚染されている写真などに見入ったりした」で終わる内容じゃないはずだ。
私的旅行(実はこの意味もよくわからないけれど)であるならば、この道中のコースに天皇ご夫妻の意向が反映されている可能性は高い。二人で「見るべきね」「見るべきだね」などと事前に話し合ったのかもしれない。
こうしてメディアはまた、天皇のサインをあっさりと見逃している。
ちなみに朝日デジタルでは、栃木訪問の記事の最後に、「その後訪れた佐野市郷土博物館では、同市出身の田中正造が1901(明治34)年に足尾銅山の鉱毒被害を明治天皇に訴えようとした際の直訴状などを見て回った」だけ。やっぱりワンセンテンス。読売や産経の記事はネットでは見つからなかったけれど、(あったとしても)ご夫婦がこの文章を目にしたことの意味を問題提起しているとは思えない。
皇室タブーが捩じれに捩じれて、何を伝えるべきか伝えるべきではないのか、その感覚がまったく歪んでしまっている。そしてこの状況は、今のこの国の捩じれをも表している。

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