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WEBマガジン 15/03/05


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第三十五回

件名 :戦争プロパガンダはもうはじまっている
投稿者:斎藤美奈子

森達也さま

 時間が大幅にあいてしまいました。毎度のこととはいえ、申し訳ありません。
 
 2015年があけると同時に、フランスの「シャルリー・エブド」紙襲撃事件があり、「イスラム国」の邦人人質事件があり、その衝撃がまだ続いていて、憂鬱です(これのおかげで、1月2月は、仕事にそうとう支障をきたしちゃったよ)。
 森君が朝日新聞に寄稿された「(あすを探る 社会)「対テロ」、多様な視点示せ」(1月29日)も、インタビュー「集団化と暴走を押しとどめよ」(2月11日)もよかったよ。
 
 そんな中、原稿催促に後ろ髪を引かれつつ、怒濤の締め切りの山をかき分けつつ、私は三池炭鉱万田坑を見学するために熊本に行っており、ついでに噴火中の阿蘇山なども偵察してきました(火口付近は立ち入り禁止ですが、ほかはいつも通り。観光客は少なかったけど)。しかし、そういう話を楽しく書く気分にもちょっとならないですよね。安倍政権は、これを「奇貨」とするかのごとく、シビリアンコントロールまで無視した安保法制化をめざしてたりするし。

ということで、発売中の『DAYS JAPAN』3月号のために書いた原稿を転載します。
タイトルは「戦争のプロパガンダはもうはじまっている!」
……………………………………

 フランスの週刊紙「シャルリー・エブド」への襲撃事件と「イスラム国」による邦人およびヨルダン軍中尉の人質殺害事件。テロの標的にされた日本はにわかに「開戦前夜」の様相を帯びはじめた。安倍晋三首相はじめ、政府のお歴々はキケンなセリフを連発。メディアにも攻撃的、好戦的なフレーズが目立つ。まるで「いつか来た道」だ。

 アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ10の法則』(永田千絵訳・草思社文庫)は2001年(邦訳は02年)、米国のアフガン攻撃直後に出版され、最近文庫化された本である。歴史学者のモレリはすべての戦争の裏でおこなわれる情報操作の手口は同じである、と喝破し、戦時宣伝の常套手段を10の法則にまとめた。この法則が、今度も当てはまるかどうか、検証してみたい。

 法則1は「われわれは戦争をしたくはない」。そう、為政者は必ず自国は平和国家だとアピールする。
 1月の中東歴訪時、安倍首相はエジプトでは「イスラム国対策費」として2億ドルを供出すると約束し、イスラエルでは「日本は世界平和と安定に、より積極的に貢献する」と述べた。後に2億ドルは人道支援だとも強調した。配慮を欠いた発言だとの認識は一切なし。

 法則2は「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」。あっちが悪い。すべての戦争当事国の理屈である。
 ここでは新聞の社説の見出しを拾ってみよう。後藤さん殺害の報が流れた翌日、2月2日の見出しは「『イスラム国』の非道 この国際犯罪を許さない」(朝日)、「日本人人質事件 この非道さを忘れない」(毎日)、「『イスラム国』の蛮行を糾弾する」(読売)、「残虐な犯罪集団を許すな 対テロで国際社会と連携」(産経)。見事な横並びぶり! たしかに「イスラム国」は非道だが、9・11後の米国がタリバン憎し、ビンラディン憎しでどうなったかを思い出すべきだろう。

 法則3は「敵の指導者は悪魔のような人間だ」。アフガン攻撃に際してはビンラディン、イラク戦争時にはフセインが「悪魔」にされた。日本も同じ。「イスラム国」は「話し合いができる集団ではない」(菅義偉官房長官)は、「テロリストの思いを忖度する必要はない」(安倍首相)。「鬼畜米英」扱いだね。

 法則4は「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」。9・11後のブッシュが連発し、いままた安倍が連発している「テロには屈しない」はこれ。首相の声明に盛り込まれた「罪を償わせるために」もこれ。テロとの戦いは「偉大な使命」なのだ。

 法則5は「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」。
 戦争では敵の残虐さのみが強調される。「イスラム」がアップした邦人2人の残酷な動画や写真をテレビは何度流したことだろう。この残酷さに比べたら「自己責任」で戦地に入った日本政府が邦人を救出できなかったことは「誤った犠牲」にすぎないというわけだ。しかし、メディアは米軍と有志連合によるやシリアやイラクの空襲の映像を流さない。その非対称性に注意すべし。

 法則6は「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」。イラク開戦の大義名分としてブッシュが掲げた「イラクは大量破壊兵器を隠している」が典型的な例であろう。今回も、斬首、火刑、映像での脅しといった手段の「異常さ」が強調されている。

 法則7の「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」は今後出てくるかもしれ言説。

 法則8「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」は、すでに多数の識者がテレビのワイドショーや新聞の論説懶、あるいはブログやツイッター等で実証している。

 法則9「われわれの大義は神聖なものである」。先の戦争では「神国日本」が喧伝された。次の靖国参拝の際には首相も「対テロ戦争の勝利」を祈念するのだろうか。
 
 法則10は「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」。政府批判をする者はテロリストの味方、という言説がすでに一人歩きをはじめている。「イスラム国寄り」の野党議員や評論家を名指しする記事まで出た(産経新聞2月4日)。

 はい、これが現在の日本の現実です。自衛隊の派遣、特定秘密保護法の適用、改憲、すべて「テロとの戦い」に利用されるだろう。「いつか来た道」を「これから行く道」にしないために、さあ、どーする。
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 自分でも、ちょっと飛ばし気味の記事だなとは思いますが、特定秘密保護法だ集団的自衛権だと騒いでいたと思ったら、あっというまにこういうことになっちゃうんだね。という感じです。思考停止になりそうです。

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