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WEBマガジン 15/10/07


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第四十二回

件名:アウトカウントを記憶しない国
投稿者:森達也

斎藤美奈子さま

この9月から10月、この国にとってはとても重要な時期だったのだけど、ずいぶん間が空いてしまった。
空いた理由は明らか。力が抜けたから。こんなことを書くとまた、ぺシミムズムを気取るんじゃねえと怒られそうだけど、でも半分は本音。
そもそも民主党政権が大敗して安倍自民党が衆院と参院で圧勝した段階で、この事態はわかっていた。でもこの夏、国会前に足を運んだり一部メディアの報道に触れながら、ひょっとしたらひょっとするかもと微かに希望を持った。参院で可決された最後の最後まで、その希望を持ち続けた。だから反動は大きい。
いずれにせよ9月に可決した安全保障関連法は、その本質や成立過程において、平和主義だけではなく立憲主義や主権在民の理念を踏みにじり続けた。
愚痴は建設的ではない。でも言いたくなる。だって安全保障関連法の国会審議で、野党側は与党から、いったいいくつの(オウンゴールも含めて)アウトを取っただろう。でもアウトがアウトとして機能しない。
自分たちが推薦した憲法学者から違憲だと指摘されれば、合憲と唱える憲法学者はいっぱいいると反論する。いっぱいを具体的に挙げてくださいと求められれば、数の問題ではないと答えてから、集団的自衛権については砂川判決で合憲と最高裁は判断したと続ける。砂川判決は集団的自衛権については触れていないと指摘されれば、憲法解釈にこだわるべきではないほどに国際情勢は悪化していると言い返す。具体例として挙げたホルムズ海機雷掃海や米艦による邦人輸送については、国会終盤であっさりと自分たちで否定する。
アウトは数えきれない。ならば普通なら、とっくにゲームセットのはずだ。でもチェンジすらしないまま、試合(審議)は延々と続いた。ならばアウトをとる意味がない。国会審議の意味がない。
何よりも、日本を包囲する安全保障環境は、少なくとも劇的な悪化などしていない。例えば冷戦期。朝鮮半島では国を分断する大きな戦争が起きて、アメリカと中国が兵を送り込んで大規模な戦争へと拡大した。キューバ危機の際には世界中が、核兵器による第三次世界大戦を覚悟した。同時期に旧ソ連の核ミサイル(SS20)は、何十発も日本の米軍基地に照準を定めていた。安倍首相は自衛隊機スクランブルの数が急激に増えたと安全保障環境悪化を強調したけれど、冷戦期は今よりもスクランブルははるかに多かった。
でもその時代、安全保障環境が悪化しているから憲法を変えようとか集団的自衛権を行使できるようにしようなどと、この国では誰も言わなかった。発想すらしなかった。この時期に僕や美奈子は中学生だったけれど、今のように声高に他国の脅威を口にする人などいなかったはずだ。
その帰結として現在の平和と繁栄がある。ところがその記憶が継承されていない。安全保障環境が悪化と言われれば、誰もが鵜呑みにして浮足立っている。
アウトの数がカウントされないならば、せめて来年の参院選まで、試合自体が不当だったのだとの記憶は保持したい。その思いを選挙に反映させよう。まだ終わらない。終わらせない。今度こそ記憶を継承する。
……と頑張ってここまで書いたけれど、ふとネットニュースを見れば、伊方原発再稼働について伊方町議会が、早期再稼働を求める陳情を全会一致で採択との記事がアップされていた。これについての違和感をここで書けば、地元の苦悩がわかっていないなどの反論に遭うのだろう。もう口を噤むしかないのかな。物言えば唇寒し。この国はあらゆる悲劇や教訓が一過性。直後には大騒ぎしても、すぐに咽喉もと過ぎる。
また凹みました。美奈子の罵声を覚悟します。

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