現代書館

WEBマガジン 15/12/05


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第四十四回

件名:ハノイにて
投稿者:森達也

美奈子さま

いまハノイにいます。政府主催の映像フェスティバルのコンテストに審査員として呼ばれたのだけど、予定では一週間のはずが二日間で終わってしまい(さすがベトナム)、さりとてのんびり一人旅気分に浸ることもできず、早めに帰国することにしました。
ベトナムは二回目です。前回に訪ねた都市はホーチミンとフエ。その取材の結果は『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー』(角川文庫)になりました。僕にとっては最も思い入れのある作品のひとつなのだけど、思い入れがある場合にかぎって売れない。あるいは思い入れがあるから売れないと感じるのか。まあ両方なのだろうな。
前回も感じたけれど、ベトナムはとにかく食事が美味しい。タイやカンボジアとは明らかに違うと感じる。何だろう。野菜が美味しいのかな。ホテルの朝食も眩暈がするほどに朝から(当たり前だ、朝食だもの)豪華。たぶんこの数日の滞在で確実に3キロは太ったと思う。
そういえば一年前に北朝鮮に行ったとき、平壌の市場で人民服を買おうとして、「あなたのサイズに合う服は置いていない」と言われて、思わず「キムジョンオンがいるじゃないか」と言い返したことを思い出します。ただ確かに平壌の人たちは全般に小柄でした。上背もあまりない。子供時代の食生活が影響しているのかな。
この夏、本当に心の底から、もうこの国にはいたくないと思ったけれど、やはりこうして異国にいれば、マイナンバーだろうが安全保障法制だろうがTPPだろうが原発再稼働だろうが、日本で暮らすことがいちばん楽なのだろうな、とは思う。それはそうだよね。楽であることは確か。でもだからといって譲れないこともある。
昨夜は旧市街の飲み屋街でビールを飲んだけれど、路上を覆い尽くすほど大勢の男と女たちがビールを片手に大騒ぎしていて、そのすぐ横をバイクが疾走して物売りの子供が走り回って、まさしくアジア的カオスの坩堝でした。それはそれで楽しめるけれど、やっぱり長くはいれない。
突然話が変わるけれど、ジョン・レノンの「レボリューション」は聴いたことがあるよね? 「ヘイ・ジュード」のB面。高校時代によく聴いていた。あの頃は歌詞の意味など深く考えなかったけれど、三番の歌詞の意味を最近知りました。

君は憲法を変えたいのか?
ならば僕たちは君の考えかたを変えてやりたい
制度が問題だと思うのか?
ならば自分の気持ちをもっと解放したほうがいい

この詞でジョンが使ったConstitution(憲法)には、政府や体制などの意味もあるけれど、この曲が作られた1968年は、ジョンはヨーコと恋人になった直後だった。ならばヨーコに、日本の憲法の話を聞いたと考えたとしても、あながち荒唐無稽とは言いきれないだろうと思う。だって55年体制以降、ほぼずっと日本の与党だった自民党は、改憲を最重要な党是の一つとして掲げ続けてきたのだから。
「レボリューション」はシングル発売から三カ月後に、「ホワイトアルバム」に収録されたけれど、(もしかしたらホワイトアルバムのほうが先かもしれない)このときは「レボリューション1」「レボリューション9」とタイトルとバージョンを変えた二曲が収録されている。前衛的な「レボリューション9」に原曲の面影はまったくないけれど、「9」と何度も囁くジョンの声に、思わず「やっぱり9条なのか」と言いたくなる。
まあでも、これはおそらく妄想。ジョンが数字の9にこだわっていたことは有名だ。日本の憲法は関係ないのだろう。その意味ではベートーヴェンの交響曲第9番のように、曲を聴きながらいろいろ妄想することにとどめたほうがいいのかもしれない。
いまネットでホワイトアルバムを調べました。シングルのほうが三カ月先だった。やはりネットはすごい。ハノイだろうが日本だろうが関係ない。一度手に入れた利便さを人はなかなか手放せない。痛みや反省を持続できない。特に日本はその傾向が強い。それは歴史が証明している。その結果として同じ過ちを繰り返す。
今回は、美奈子の最新刊『ニッポン沈没』(筑摩書房)について書こうと思ってバッグに入れてきたのだけど、何やかやでまだ読んでいない。素敵なタイトルです。帰りの飛行機で読みますね。



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