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WEBマガジン 16/06/30


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第五十一回

件名:FAKE
投稿者:斎藤美奈子

森達也さま

 気がつけばもう6月末です。ごめんなさい。
 遅ればせながら、先週、見ました「FAKE」。大ヒットですね。おめでとうございます。土日はすでに満席。先週の月曜日(20日)に、朝、整理券をもらいにいって、一度帰ってきて、仕事をして、夕方の回で見ましたが、それでもかなりの入りでした。

 率直に申し上げて、たいへんおもしろかったです。
「A」や「A2」は「おもしろい」というのとは少しちがうし(出来が悪いという意味ではないよ)、「311」は正直「どうなんだ? これは」という感想でしたが、「FAKE」はいっしょに行った人と、劇場を出てすぐに「おもしろかったねえ」「そうだね」といいあえるような映画でした。

 この映画は、地上波テレビのニュースとワイドショーだけが「世間への窓口」という人、必見ではないでしょうか。そのような人は「ええーっ、じゃあ私たちが今まで思ってた佐村河内さんって何だったの?」「なあに、あの新垣さんの調子の乗り方は」「文春に記事を書いた神山さんっていうライターはひどいな」と思うでしょう。
 ヒーローとヒールが逆転し、世界が一変する感覚を味わうだろう。その「白黒反転劇」はちょっと快感でした。フジテレビの社員、番組のなかでこの件をギャグにしている芸人たち、みんな「ひどいヤツ」ないしは「とんでもないバカ」に見えます(そして、自分もその一員だったことに気づいて、冷や汗が出る)。
 ラストの12分(を隠しておく必要はないと私は思うけど、未見の人のために一応伏せておきます)も、感動的だよね。ある意味、監督の介入という「誘導」による、あの落としどころで「着地は決まった」感がありました。

 と、ここまでが第一印象。第二印象は、たぶんみんな複雑でしょうね。
 なにしろタイトルが「FAKE」だしね。しかも監督が「ドキュメンタリーは嘘をつく」の人だからさ。メディアリテラシーが少しでもある人は、見た後に「このまま信用していいのだろーか」という宙づり感を味わう。しかし、その宙づり感もおそらく監督の意図通りなんだろうと思うと、まんまとしてやられた感じである。
 なんだけど、そういう「深読み感覚」以上に、だれもが最初に味わうだろう「第一印象」がこの作品にとっては重要なんじゃないかと思います。「あっち」からだけ見ていた事象が「こっち」から見たらどうなるか、という、これは一種の「実験」なわけですから(と勝手に決めていますが)、その実験は十分成功したのではないでしょうか。単純に、佐村河内さん夫妻の復権(名誉回復)としても役に立つ気がした。
 ネット上で関係者の「反論」も読みましたが、「事実を取捨選択していて、すべてとらえていない」といわれても、「事実は切り取り方によって、こんなにも違う」というのが作品の意図(だろうと勝手に想像しました)なんだから、取捨選択して当たり前だわな、と思った次第です。森達也にしか撮れない作品だよね。

 それとは別に、私にとって非常にインパクトがあったのは(ロバート・キャンベルさんもパンフに書いていましたが)、じつはケーキです。
 お客様に「コーヒーとケーキをお出しする」っていうのは、昔風のおもてなしで、いまは、あんまりみんなやらないじゃない? だけどカオリさんは、誰かが家に来るときには、相手が誰であろうと必ずケーキを用意する。でも、誰も手をつけない。
 あれって、ひどいと思った(映像に映ってないところでは、食べてたのかもしれないけど)。仕事でよそのご家庭(事務所とかでも)を訪問したとき、お菓子が出てきても、私もけっこうパスしていたような気がする(クッキーやお饅頭のときは「これ、いただいてっていいですか?」と言うことはあったけど)。
 仕事によっては(介護関係者とか)、何が出てきても食べちゃいけないっていうのもあるし、先日読んだ本では、選挙の際、選対本部はミカンはふるまってもいいがケーキを出したら公職選挙法違反になるのだそうだ(贅沢品だからなんだってさ)。
 しかし、ケーキは、しぜんに湧いてきたわけじゃない。ケーキ屋さんで人数分を選んで買って用意してくれた人がいる。手をつけない客は、その想像力が欠けている。だから、仕事にもバイアスがかかるんだ、と思った。これからは、お皿にのって出てきたお菓子はちゃんといただこうと思ったよ。
 以上、映画の感想でした。シロウトくさい感想ですみません。

 ところで、世間は参院選でございます。選挙について言いたいこともないわけではありませんが、それは結果が出てからにします。
 反省をこめて、下に貼ったのは、佐村河内事件と小保方事件が発覚した際に「婦人公論」で書いたコラムです。公平なつもりで書いたけど、いまよむと、やっぱりバイアスがかかっているね。少し長いですけど、笑ってやってください。

斎藤美奈子


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 この一〇年ほどで、まちがいなく上がった日本人のスキルは、プレゼンテーション能力だろう。いいかえれば演出力。
 日常生活の中でのプレゼンの方法を説いた佐々木圭一『伝え方が9割』(ダイヤモンド社・二〇一三年)なんていう本がベストセラーになる所以である。
 この本には、たとえば「メールは感情30%増量でちょうどいい」と書いてある。
 「三木さま きのうはごちそうさまでした。一歩踏み出す考え方に共感しました」
 これがもとのメール。ここに少しだけ手を加えてみる。
 「三木さま きのうはごちそうさまでした!! 一歩踏み出す考え方にほんと、共感しました!!」ただ「!!」を加えただけなのに、印象は格段に強くなる。
 でも著者は、このくらいはやってしまうのだそうだ。「三木さま きのうはごちそうさまでしたーー!! 一歩踏み出すという考え方があまりにシンクロして震えてしまいましたーー!!」
 これが「30%増量」のテク。デジタル文字はどうしても感情がそぎ落とされるので、大げさなくらいでやっと手書きとタメになるというのだが、今風にいえば、まあ「盛る」ってやつですね。
 で、最近のニュース。
 勝手に持ち上げて勝手に引きずり下ろすのはメディアの得意技だけど、その極端な例が「現代のベートーベン」と賞賛された佐村河内守さんであり、STAP細胞の論文で一躍著名人の仲間入りをした小保方晴子さんだった。
 経緯はみなさま、ご存じの通り。全聾の作曲家だったはずの佐村河内さんは、ゴーストライターだった新垣隆さんが「じつは私が書きました」と告白したことで、虚偽が発覚。聴覚障害もウソだったのではないかという疑惑まで浮上し、当人は髪を切り髭を剃って謝罪会見を開くも、逆に火に油を注ぐ結果となってしまった。一方、理化学研究所に所属する小保方さんが他の研究者と連名で『ネイチャー』に発表した論文も、図像の使い回しなど、研究の信頼性にかかわる疑義が次々明るみに出て、とうとう大学院の博士論文にまで疑問符がつくことになってしまった。
 後から思うと、佐村河内さんはプレゼンテーション能力だけでここまで来た人だったのかもしれない。それも「30%増量」どころか120%くらい「盛る」かたちで。小保方さんの場合も〈会見に備え、理研広報チームと笹井氏(注・理研の副センター長)、小保方氏が一カ月前からピンクや黄色の実験室を準備し、かっぽう着のアイデアも思いついた〉(東京新聞三月一五日)と報じられている。もしそれが本当なら衆目を集めた周辺情報も話題づくりのための演出。理研もまた「増量作戦」をとったことになろう。
 とはいえ、音楽であれ科学研究であれ、仕事の根幹が揺らいでいたらプレゼンテーションもヘチマもない。「見せられるもの」もないのに「見せ方」を考えてどうすんだ、という話である。なぜこんなことになったのか。
 「見せ方重視」の風潮がいけないのか。よくできたプレゼンテーションにまんまと乗せられた受け手の側の問題なのか。
 背後にあるのはじつは「差別」の問題じゃないかと私は思う。
 「作曲家」としての佐村河内さんの「売り」は明らかに「聴覚障害者」であることだった。小保方さんの場合は「若い女」の研究者であることが、やはり理研の「売り」だったのである。世間は作品や研究そのものより作り手の属性に注目する。いくら嘆いてもそれが是正されないのなら、それをプレゼンに利用しようとする人が出てきても不思議ではない。
 ここで重要なのは、人々は障害者には「障害者らしさ」を、女性には「女性らしさ」を求めているってことである。サングラス姿でピアノに向かう佐村河内さんは、いかにも障害を乗り越えた孤高の芸術家という感じだったし、かっぽう着姿で顕微鏡をのぞく小保方さんは、女らしいキュートさを失わないリケジョとして話題になった。こうしたプレゼンが可能になったのは、見る人の中に障害者や若い女性を「特別視」する感情がひそんでいるからだ。「特別視」は「差別」の裏返し。そこで成立しているのは、見る人と見せる人の共犯関係なのである。
 村上春樹『1Q84』(新潮社・二〇〇九年)には、小説家志望の主人公が、ゴーストライターとして、新人文学賞に応募してきた一七歳の女子高生(通称ふかえり)の小説を書き直すという逸話が重要なプロットとして登場する。「一七歳の女子高生」であることが売りになると考えたのは担当編集者。まるで今度の件を先取りしていたかのような、二つの案件を足して割ったような展開だ。
 パソコンやスマホの普及で、誰もが情報の発信者となった現在では「どうやって目立つか」が死活問題になりつつあるのかもしれない。メールに「‼」を「盛って」いるうちに、うっかり心にもないことを書いちゃったりしないのかな、と心配になる。演出は諸刃の剣。誇張と捏造は、別物に見えてじつは紙一重なのである。
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