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WEBマガジン 16/10/31


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第五十八回

件名:パーティと核廃絶と自愛と生前退位
投稿者:森達也

美奈子さま

先日は河出書房の文藝賞受賞パーティで、久しぶりに会えてよかったです。ほぼ定刻に行ったのだけど会場の山の上ホテルにはぎっしりと人が集まっていて、来てすぐにパーティ会場の隅のほうに移動したら、そこから一歩も動けない。だから冒頭の河出書房社長と常務の挨拶、受賞者と(美奈子も含めて)4人の審査員の講評は、目の前の柱が邪魔してまったく見えなかった。
そもそもこの数年、出版社の主催するパーティには、自分が選考委員を務めている開高健ノンフィクション賞の授賞式パーティ以外に足を運んだことはない。それもあって乾杯の後に、旧知の編集者から声をかけられて、何で文藝賞のパーティにあなたがいるのかというような質問をされる。「人は明確な理由があって行動する生きものではありません」と答えたいけれど、真面目な顔して何を言っているんだと思われるから、「映画作りにかまけて夏を過ごしたキリギリスが冬を越せなくなったので営業に来たんです」と答える。二人に一人は「はあ」とか「へえ」とか言いながら冗談だと思ったようだ。真剣なのに。
 もっと冗談としか思えないのは、国連総会で123カ国の賛成多数で可決された「核兵器禁止条約」への日本の対応。
 反対の理由について岸田文雄外相は28日、「核保有国と非核保有国の間の対立をいっそう助長し、亀裂を深めるものだからだ」と説明したという。まったく意味がわからない。というか本音を言っていないことは誰にでもわかる。だって安倍政権は以前から、「核兵器禁止条約がもしも決議されれば、米国の核抑止力に依存する我が国の安全保障政策と相いれない」と言明していた。要するにアメリカの圧力だ。棄権という選択もあったけれど、アメリカが反対に回るようにと強く要望したということらしい。
米ロ英仏中の5カ国にだけ核兵器を持つことを認めながら核軍縮を進めることを義務づけたNPTの発効は1970年。確かに米ロのあいだでは、一定の削減効果は挙げたけれど、核兵器は世界にまだ1万5千発以上も残っている。
だからこそ国際的な法的枠組みで核兵器廃絶を目指そうとの世界的な合意なのに、唯一の被爆国である日本がこれに反対する。本当にわけがわからない。そういえば今回は、北朝鮮も核兵器禁止条約に賛成している。

1、自分たちを敵視するアメリカが核兵器を保持しているから、自分たちも核兵器を持つ。でも世界が核廃絶に向かうのなら、我が国も賛成する。

2、世界で唯一の被爆国ではあるけれど、自分たちの同盟国であるアメリカが核兵器を保持しているし、抑止力として廃絶には反対しているのだから、我が国は反対する。



どちらに理があるかは明らかだ。福島で原発事故が起きたとき、ドイツは原発を廃止することを決定した。イタリアはチェルノブイリ事故後に原発廃止を決定していたけれど、この時期に復活に向けた動きがあった。でも福島事故後に行われた国民投票で、95%が再開断念を支持した。ところが事故当時国の日本では、再稼働が国策として当然のように進められている。まあ自民党は、原発の使用済み燃料を再処理して生まれるプルトニウムを潜在的核兵器として見做していることは公言していたし(石破議員が事故後に「報道ステーション」で言いきった)、当然の流れであるのだろう。

……つくづく思うけれど、〈抑止力〉という魔物に人類は憑りつかれている。その抑止力が、結局は牙を剥く。大勢の人を殺す。歴史を少しでも俯瞰すれば明らかなのに、人はこの魔物と手を切ることができない。何度も同じことを繰り返す。そういえば数年前に南京の虐殺博物館に行ったとき、最後に「こうした悲劇を繰り返さないように、我々は国を愛し、国を守る武力を身につける」的な宣言文が中国語と日本語と英語で掲げられていて、それは違うのになあ、と吐息をついてしまったことを思い出す。
急に寒くなった。お互い、そろそろ年齢的に自愛しないとね。考えたら、自愛って変な言葉だ。まあ愛国よりはましだけど。東京・豊洲市場の盛り土問題なんていつまで大騒ぎしているのだろう。天皇の生前退位問題だけど、敗戦の責任をとって退位すらしなかった昭和天皇への屈折した思いが働いているのでは、と考えるのは僕だけなのだろうか。


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