現代書館

WEBマガジン 16/12/02


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第五十九回

件名:産業遺産 そして今の日本とは?
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 11月も過ぎ、とうとう師走になってしまいました。
 先日は(といってもかなり経ちますが)文藝賞のパーティーでお目にかかれてよかったです。じゃあほんとに「営業(冗談ではなく)」だったんだ。私も自分が選考委員とかじゃない限り、出版社主催のパーティーには出ません。ああいうのは、ほぼ浮き世のしがらみ、みたいなものですものね。
 アメリカの大統領選挙とか、韓国大統領のゴタゴタとか、国内ではTPP承認問題、沖縄高江のヘリポート、南スーダンの駆け付け警護などなど、いろいろあった秋ですが、そういうのばっかり考えていても気が滅入るので、今日は全然ちがった話。

 鉱山や炭鉱が好きっていったことがあるでしょう? それに関連した連載を「サイト」(ロッキング・オン)という雑誌ではじめました。「サイト」は渋谷陽一さんが趣味で(?)やってるような雑誌ですので、政治向きの話題が多いとはいえ、不定期刊。年に3〜4回しか出ないので、原稿はたまっていかないと思いますけど。
 連載タイトルは「君よ知るや ニッポンの産業遺産」。こういうのは「鉄道ファン」以上にマイナーで、口でいってもなかなかわかってもらえない(わかってもらう必要もあまりないんですが)。そんなこんなで、渋谷編集長に「じゃあ、どこがおもしろいか書け」といわれたのでした。
 その第一回目の最初のとこだけ転載します。1回目のテーマは「消えた山上の街 鉱山」です。

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 旅先で、ぜったい訪ねたい場所ってありますか? 私の場合、それは「近代化遺産」や「産業遺産」です。有名観光地はスルーしても、近くに明治大正期の建造物があるとわかれば、そっちへ行く。街中のカフェでまったりする暇があるなら、ひと足伸ばして郊外の水力発電所に行っちゃう。
 一般に「近代化遺産」とは、日本に西洋の技術が導入された幕末ないし明治から昭和戦前期までの間につくられた建造物や遺物のこと。うち産業(鉱工業、商業、金融業、交通運輸業、農林水産業など)に関連した物件が「産業遺産」です。英語でいえばインダストリアル・ヘリテージね。
 (略)
 ですが、実際に石見銀山や富岡製糸場を訪れた人に感想を聞くと「期待したほどおもしろくなかったわ」という答えが返ってくる。ワハハ、そりゃそうだ。同じ世界遺産でも、法隆寺五重塔や姫路城には独特の日本的な造形美がありますし、「古い」というだけでも「ありがたさ」がいや増します。それに比べて近代の産業遺産は概して無愛想だからねえ。そんなものの、いったい何がおもしろいのか。
 「このレトロ感や廃墟感がたまらない」っていうのもありますが、でも、それだけじゃない。近世城や寺社建築は美しいけど、しょせんは権威権力の象徴でしょ。威容を誇って当たり前なのさ。一方、産業遺産には働く人の汗がしみこんでいる。しかもそれらは「ついこのあいだ」まで現役だった。かつては稼ぎ頭だったのに、用済みになって捨てられた労働者みたいなところが産業遺産にはあるのです。

 そもそもの話になりますけど、「産業遺産」って、よく考えるとすごい言葉だと思いませんか? 遺産とは「過去の業績」のことですから、産業遺産は「失われた産業の痕跡」といってもいいのです。そのことに気づいた私は愕然としました。
 日本にはもう産業がないんだ!
 そうなんです。世界遺産「明治日本の産業革命遺産」を紹介した文化庁のHPでは「19世紀後半から20世紀の初頭にかけ、日本は工業立国の土台を構築し、後に日本の基幹産業となる造船、製鉄・製鋼、石炭と重工業において急速な産業化を成し遂げた」とか自慢げにいってますけど、それって完全に過去の栄光ですからね。
 造船も製鉄製鋼も石炭産業もとっくに日本の基幹産業ではなく、現在の日本は全産業の75%が第三次産業の従業者です。むろんそれとて産業は産業ですが、第一次産業(農林水産業)、第二次産業(鉱工業)が衰退へ向かっていることは誰も否定できないでしょう。
 実際、かつては社会科の教科書に載っていたけど、現在はジャンルごとほぼ完全に消えてしまった産業もあります。それは鉱業です。
 高度経済成長期に子ども時代をおくった方は、日本地図のいたるところに「父」の字に似た鉱山の記号があったことを覚えているでしょう。それがいまや壊滅状態。石灰鉱山(セメントの原料となる石灰石は国産で唯一100%まかなえる鉱物です)を除くと、国内に数千(一説には8000)はあったといわれる鉱山のうち、現在も現役で稼働しているのは炭鉱が1鉱(北海道の釧路コールマイン)、金属鉱山が1鉱(鹿児島県の菱刈金山)。1970年代以降、日本の鉱山はのきなみ廃鉱に追い込まれたのです。
 それら廃鉱山はいまどうなっているか。管理者はいるはずですが、多くは放置されたままでしょうね。坑口はふさがれ、坑道内は泥と水で埋まり、地上の構造物は草木に覆われて自然に帰りつつある。鉱山マニアの中には古い地図を手に埋もれた廃鉱山を探索する強者もいますけど、それは死と隣り合わせの危険な行為ですので(鉱山は深い坑だらけ。落ちたら永久に脱出不能です)おすすめしません。
 ただし、廃鉱山の中には一部を観光施設として公開しているところもあって、私たちが通常、見学できるのはこのような鉱山です。
 廃鉱山、それは産業遺産界の花形的な存在です。山の中に位置するそのロケーション自体が非日常的ですし、歴史、スケール、遺構や遺物の多様性、すべて一級品。鉱山には大きく炭鉱と金属鉱山がありますが、今回は金属鉱山に的をしぼって見ていきましょう。
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 で、このあと、具体的な鉱山の魅力と案内が続きます。足尾銅山(栃木県)、佐渡金山(新潟県)、生野銀山(兵庫県)、別子銅山(愛媛県)を紹介しました。下の写真は佐渡金山の竪坑櫓です。

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