現代書館

WEBマガジン 17/01/19


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第六十一回

件名:トランプ現象は宇宙人の襲撃か
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 遅ればせながら、あけましておめでとうございました。今年もよろしくお願いします。

 鉱物ファンと鉱山ファンはジャンルとしては別ですが、ミネラルフェアは私も何度か行ったことあります。化石もけっこう出ているんですよね。小っちゃなアンモナイトを買ったことがあります。そうか、いまはスピリチュア系のたまり場なんだ。

 〈自分は毎日何をやっているのだろう。好きなことが何もできていない。旅行はすべて仕事がらみ。自由業といえば聞こえはいいけれど、仕事とプライベートの境界が曖昧すぎて、何だかいつもいつも背中を押され続けているようで、このまま時間ばかりが過ぎてゆくのか、と時おり暗澹たる気持ちになる〉
 なんて言ってちゃいけませんね。私ら、もう定年退職の年ですからね。
 おっしゃるように、気がつけば、残された時間はそんなに多くないわけで、私も日々の仕事に追われているうちに1年が終わってしまった、というような感じですけど、「いつかはやろう」と思っていた懸案の仕事にさすがに手を付けなくちゃと思ってます。
 貴君も『A4』(という認識でよいのかな)をぜひ仕上げてください。
 オウム真理教事件から22年がたちましたが、〈できれば麻原処刑前に、麻原法廷や事件解釈の欺瞞や矛盾を、もっと多くの人に知ってほしい〉という貴君に共感します。

 さて、本日は1月19日。明日は米大統領就任式で、メディアはその話でもちきりです。
 だけど、これで世界はもう終わりだ、みたいな言説が多すぎません? 
 11月の大統領選にトランプが勝って以来、新聞もテレビも知り合も、一様に嘆くので、だんだんバカバカしくなってきた。あんたはクリントンの親戚かいって感じてす。あるいまるで「宇宙人に地球を乗っ取られた」みたいな感じじゃない?
 イギリスのEU離脱と、トランプの勝利をあわせて、みんな「ポピュリズム」って評するでしょう。特に日本でこれを言ってる人たちは、いい気なもんだと思いますね。イギリス人もアメリカ人もバカになってしまった、みたいなことをいうけどさ、じゃあ、安倍政権に高支持率を与えている日本はどうなんだって話だよ。

 トランプ現象を説明するのにもっともふさわしい単語は「ボナパルティズム」でしょうね。フランスの第二共和制下、初の普通選挙で、ナポレオンの甥だというだけで大統領選に勝利したルイ・ナポレオン。『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』でマルクスが「歴史的な事件は二度起こる。一度目は悲劇として、二度目は茶番として」と言った(原典はヘーゲルらしいですが)、あの話です。
 なのですが、大衆の不満を扇動に利用した「プチ(エセ)ボナパルティズム」なら、日本でも、すでに幾度となく起こっている。ゼロ年代の小泉劇場はどうなんですか? 橋下徹を熱狂的に支持した大阪はどうなの? 石原慎太郎を三度も知事に選んだ東京はまともなわけ? 自分ちの火事をほったらかして、人んちの火事を心配してるように見えるよ。
 
 もちろん米大統領の世界的な影響力は、日本の首相の比ではありませんから、大騒ぎになるのも当然かもしれないけど、「大衆がバカだからこうなった」みたいな言い方はやめてほしいですね。特に「識者」といわれる人たちは。
 大統領選を見ていて、私が興奮したのは、バーニー・サンダースがあそこまで健闘したことです。東西冷戦以来、社会主義に対する忌避感が日本の比ではなく高いアメリカで、社会主義者を名乗るサンダースがあそこまで支持を集めた。それって、すごいことだよ。格差がここまで進んだ社会では、社民主義的政策に高いニーズがあることを示した。それを無視して、選挙結果だけみて、ポピュリズムとか反知性主義とか、判で押したように言ってんじゃないよ、と思いますね。
 不思議なのは、トランプの悪評はいくらでも聞こえてくるけど、オバマ政権の8年間に対する評価というか総括は、ほとんど目にしないことです。
 2009年にオバマが大統領になったときの、アメリカ(と世界)の熱狂ぶりはすごかった。核廃絶を訴えたオバマは、ノーベル平和賞までとった。しかし、その結果はどうなったのか。米国民の暮らしが改善されなかったからこそ、今度の大統領選で、その反動が来たわけですよね。もちろんオバマケアのような成果もあったけれども、最終的には民主党左派のオバマに米国民は失望したわけでしょう?
 日本も同じで、同じ2009年の政権交代選挙で誕生した民主党政権は、たった3年半でぽしゃった。その反動が現在の安倍政権なわけだよね。
 支持を失った原因を本気で考えない限り、どれほど現政権(アベであれトランプであれ)を呪ったところで、建設的な展望は見えてこないよね。
 
 トランプが世界を(あるいは日本を)震撼させている原因は、差別的な発言もさることながら、ひとつは軍事面での孤立主義、もうひとつは通商面では保護貿易主義のようです。安全保障面では日米安保に頼り、通商面ではグローバリズムとか言ってきたどこかの国は、そりゃ焦るだろう。 
 でもさ、日本のリベラルはアメリカの覇権主義にも、対米従属的な日本の外交姿勢にも反対だったんじゃないの? グローバリズムにも、それに端を発する富の偏在と格差の拡大にも、農業や医療を破壊するTPPにも反対じゃなかったの?
 サンダースの躍進とトランプの勝利は、民衆の反乱だと私は思いますね。アカデミズムもマスメディアも全部含めたエスタブリッシュメントに彼らは心底辟易としてるんだよ。
 「パクス・アメリカーナ」から「アメリカ・ファースト」へという流れが、次に何を生むかはわからない。アメリカの終わりのはじまりかもしれない。しかし、どんな帝国も必ず滅ぶのは歴史の必定ですからね。ローマ帝国もモンゴル帝国も大英帝国も、そして旧ソ連も滅んだ。アメリカ帝国だけが例外なわけないじゃないの。と、不吉な笑いを漏らす2017年1月の斎藤でした。

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