現代書館

WEBマガジン 17/06/26


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第六十八回

件名:自発的分裂国家のススメ
投稿者:森達也

6月は台湾とロシア〜北欧に行ってきました。台湾は桃園国際映画祭のコンペティション部門の審査員。主に台湾のドキュメンタリー映画を中心に観たけれど、水準はとても高い。少数民族との共存、ミャンマーの翡翠鉱山で働く台湾の労働者たちの現実。台北に不法滞在するフィリピンの男たち。前科を持つ男たちを積極的に受け入れる台湾舞踊団の記録、台湾の旅回り一座の跡取りに嫁いだベトナム女性の決意。……ほぼすべての作品に共通するテーマはアジアとの共存。特にそのうちの二本「進?之路 (fight for justice)」と「機器人夢遊症 (Robot Somnambulismrobot)」の被写体は、前者は反権力を標榜する若い弁護士たちで、後者は過酷な労働環境を糾弾する大手IT企業の組合員たち。どちらも圧倒的な作品でした。そしてこの二本に共通する要素は、様々な社会運動や政治的な集会に参加する台湾の学生たちの意識の高さ。例えば「進?之路 (fight for justice)」では、弁護士たちはひまわり運動の大学生たちを支援している。あらためて映像を見たけれど、大学生たちが国会を占拠して機動隊と渡り合って政権に軌道修正を迫ったわけで、やっぱりこれはすごい。グランプリはこの二本のうちのどちらかにしようと思ったのだけど、他の審査員たちの反応は鈍い。なぜこの作品の価値がわからないのかと言えば、一人の審査員が僕に、「あなたは日本人だから圧倒されたのかもしれないけれど、我々はこんな映像は日常的にニュースなどで見ているのです」と言われました。「大学生や若い世代が政治や社会運動に参加することは台湾では当たり前の光景なのです」とも。
だからやっぱり吐息をつきたくなる。国会閉会後にTBS系列JNNが行った最新の世論調査では、20代の安倍政権の支持率は、他の世代より突出して高くて68%に及んでいます。この世代がやがて社会の中核となる。教えている大学でも、授業中に共謀罪について講義しようと考えて、「ところで共謀罪、あるいはテロ等準備罪について、この名前を聞いたことがないという人はいますか」と念のために訊いたら、半分近くの学生が当然のように手を挙げたので絶句してしまった。もうしょうがないよね。これがこの国の戦後民主主義の帰結なのだから。
台湾から帰国してすぐに北欧とバルト三国に行ってきました。エストニアとラトビアはとても良かった。もちろん北欧も。行くたびに成熟した社会を実感します。
「国境なき記者団」が発表した2017年版「報道の自由度」ランキングによれば、1位はノルウェーで2位以下はスウェーデン、フィンランド、デンマーク、オランダと続きます。ちなみに日本は、昨年と変わらない72位。ベリーズやトンガやパプアニューギニアのほうが、日本よりもはるかに上にランクされている。
成熟したメディアは、成熟した社会と政治を担保する。この3つは常に同レベル。つまり日本の社会と政治は、世界72位なのだ。ほとんど途上国。それも上昇する途上国ではなく下降する途上国。
ノルウエーやスウェーデン、フィンランドやデンマークの街を歩きながら、北欧がこれほどに成熟できた理由を考える。たぶんその一つは、人口が少ないことだと思う。だっていずれも1000万人以下。おそらく国家としては、このくらいがベストなのではないかな。
これに比べてアメリカ、ロシア、中国、さらにはインドや日本などいわゆる大国は、とても成熟した国とは言い難い。
日本の人口は一億二千万人を超えた。こんな小さな国なのに。あまりに多い。でも減らすことは難しい。
安倍政権の支持率は、さすがに今は下がっているけれど、間違いなくまた持ち直す。ならばメディアと社会と政治の三つ巴体制は今後も変わらない。ランキングはもっと下がる。
だから最後の手段を提案します。国土の分割。4つか5つくらいに分ける。沖縄や北海道はもちろん独立する。日本語を紐帯とする緩やかな共和国態勢。自民党を支持してアメリカとの同盟関係を重視して中国や朝鮮半島を敵視しながら憲法を変えたい人は本州にまとまる。リベラルな志向を持つ人は四国にしよう。
なぜ国家は肥大を目指すのか。僕にはそれがわからない。国なんか小さくてもかまわない。そのほうがまともになる。世界でも稀有な自発的分裂国家。きっと歴史に名を残す。言い換えればもうそれしかない。

【最新記事】
GO TOP
| ご注文方法 | 会社案内 | 個人情報保護 | リンク集 |

〒102-0072東京都千代田区飯田橋3-2-5
TEL:03-3221-1321 FAX:03-3262-5906