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WEBマガジン 18/03/12


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第七十七回

件名:流れ込む「忖度」と森友事件
投稿者:斎藤美奈子

森 達也 さま

『不寛容という不安』も『テロリスト・ワールド』(真鍋厚 著)もおもしろそうな本ですね。
 隠れキリシタンやキリシタン弾圧については、私はけっこう関心をもってるよ。そのために五島とか天草とかのゆかりの地にも行ったのだけど、この狭い牢に……と思うとクラクラする。貴君がよく例に出す「凡庸な悪」の例じゃないかと思います。
 廃仏毀釈も、九州に行くとよくわかる。城めぐりだけだと飽きるので(飽きてはいませんが)、私は木造の塔婆(五重塔とか三重塔とかの類いです)めぐりも旅行のメニューに入れてるんですが、国宝・重要文化財指定の塔婆って、全国にだいたい100くらいあるのね。もちろん京都と奈良が多いんだけど、関東にもけっこうあるわけ。
 それが、九州には1塔もない。どうやら廃仏毀釈の際に、九州の小役人が明治政府に過剰な「忖度」をして、名刹古刹をばしばし破壊したらしいんだ。でなかったら、奈良・京都クラスの建造や仏像などの文化財がたくさん残っていたはずだ、と。
 キリシタンの弾圧にしろ、廃仏毀釈にしろ、なぜ九州で突出した動きが起きたのかは、あらためて考えてみる必要があると思いました。たぶん研究書や関連書籍も出てはいるのでしょうけれど、リサーチできていません。
 真鍋厚さんじゃないけど、最近、幕末志士は、ISやタリバンやクメール・ルージュと同じテロリストにすぎなかったという本がいろいろ出ていて興味深いですよね。菊地さん式にいえば、薩長史観は、ほんと、いろんな意味で食えないっす。
 トンチンカンな意見ですみません。『手紙は憶えている(Remember)』も見てみます。
 
 ところで、私は今年に入ってから、珍しくずっと「文学漬け」です。趣味で読んでるんだったらいいんだけど、仕事だからな。それがお前の仕事だろうといわれたら身も蓋もありませんけど、古めの小説ばっかり毎日毎日、何十冊も読んではレビューを書き続けていると(読まないと書けない、昔読んだ本はみごとに忘れてるのでやっぱり読む)、日常感覚まで変わってきますね。私の周囲は古い文庫や全集や資料が積み上げられて外輪山状態となり、カルデラの中にいる気分です。外輪山が崩れてくるのがまた恐い。さらに、外輪山の外側の俗世間は遠い世界と感じられ、どうでもよくなってしまう。
 アメリカと北朝鮮の首脳会談とか、働き方改革関連法案とか、いちおうニュースにも目配りもしてはいるけど(そっちはそっちで仕事だからさ)、新聞やテレビ(外の世界で起きていること)と自分の間に薄いベールかかっているような。
 若者の政治離れとよくいうけど、こういう感じなんでしょうね。その位置から「政治に高い関心を持つ人々」や「安倍政権を批判する人々」を眺めると、不思議な存在に見える。あれが趣味なんだろうな、ほかに関心の対象はないのかな、みたいな。

 ただ、国有地の値下げをめぐる森友関連文書の「書き変え」問題は、さすがに外輪山を突破して、カルデラの中にまで流れこんできた。
 3月2日の朝日新聞がスクープして以来、めまぐるしく事態は動き、7日には近畿財務局の職員が自殺。それと関係していたのかどうか、9日には佐川宣寿国税庁長官が辞任しました。とうとう死者まで出した森友問題。
 先ほどの「凡庸な悪」との関連でいうと、なぜ財務省は決裁された文書の「書き変え」に及んだのか。これこそが、キリシタンを処刑したり、廃仏毀釈に過剰に手を貸した九州の小役人と同質の、現代版「凡庸な悪」ではないだろうか。
 南スーダンでの日報を隠蔽していた防衛省も、裁量労働制をめぐって「裁量労働制で働く人たちの労働時間の長さは、一般労働者の平均より短い」というインチキなデータを出した厚労省も、構造としては同じ。昨年は「忖度」が流行語大賞になったけど、忖度がどんだけ恐いかって話です。ナチじゃなくても、現代でも、人の命を奪う。

 森友関連文書の「書き換え」「削除」がなぜ行われたかというと、さかのぼれば「私や妻が関係していたということになれば、これはもうまさに総理大臣も国会議員も辞めるということははっきり申し上げておきたい」という安倍首相の発言(調べみたら、昨年の2月17日でした)に関連していますよね。総理が公にそう発言してしまった以上、省をあげて証拠を隠滅しなければならない、という空気がつくられる。そんな犯罪的な行為に加担したくなかった職員もいたと思いますよ。しかし、逆らえない。
 で、いざ、問題が発覚すると、下っ端の役人の責任にされるわけよね。自ら命を絶った職員がどんな悩みを抱えていたかは不明ですが、その心労は並大抵じゃなかったはずです。「凡庸な悪」は、当事者をも苦しめる。もう少し、推移を見守ります。政治ネタにかかわっている時間は、ほんとはあまりないんですけどね。

斎藤美奈子

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