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WEBマガジン 18/09/11


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第八十三回

件名:災害と防衛
投稿者:斎藤美奈子

森 達也 さま

 西日本の豪雨、近畿一帯を襲った台風、そして北海道の大地震。
 この夏の猛暑(死者が200人以上出ているのだから、やはり災害でしょうす)も含め、日本はやっぱり災害列島なんだということを、思い知らされた夏でした。
 それで無責任に、しかし強く思ったことは、主として下の二つです。

 第一に、東京オリンピック・パラリンピックの開催権はやはり返上すべきではないか、ということです。連日35度を超える猛暑のなかで、スポーツ大会をやるなんて正気の沙汰ではない。選手はもちろん、観客も、ボランティアスタッフも殺す気かって話です。
 まあでも、これは「夏開催」についての所感で、もともと私は東京オリパラなんか招致すべきじゃないと思ってた(私の周囲はほとんど全員同じ意見なので、貴君もそうだと思います)。そんなものに使う予算があるなら、東日本大震災の被災地の復興に充てるべきで、順番が完全にちがってる。福島第一原発の廃炉作業だって、ぜんぜん進んでないんだしね。
 とかいっているうちに、その後の度重なる災害で「被災地」はどんどん増えていく。ここ数年を思い出すだけでも、広島市土砂災害(2014)、御嶽山噴火(2014)、熊本地震(2016)、北海道豪雨(2016)、そして今年の、大阪北部地震(6月)、西日本豪雨(7月)、関西を直撃した台風21号(9月)、北海道胆振東部地震(9月)。 2018年はまだあと3か月以上あるわけで、この先何が起きるともしれません。というか、この先もぜったいなんらかの自然災害に、日本は見舞われるわけよね。
 国民の生命と財産を守るのが、国の最大の役目だとしたら、五輪どころじゃないよ、ほんとに。

 それに関連して、第二に、これも誰もが思うところでしょうけど、予算と人員を割くべきは、防衛よりはも防災だろうってことです。2018年度の防衛省の予算総額は5兆円超、消防庁の総予算額は154億円ですからね。単純に比較はできないとしても、なんなのよ、この差は。
 オスプレイ(1機100億円)を17台も買ってんじゃねーよって話です。使えるかどうかもわからない(ってか、ほぼ使えないことがわかってる)のに、イージス・アショアなんて、1基1300億円超、2基プラス維持運営費で4500億円超だっけ。ふざけてるよね。
 北朝鮮のミサイルが国土を破壊する確率と、自然災害で人命が失われ家屋が破壊される確率とどちらが高いかを考えてみればいいのよね。というか、国と国との関係は、外交努力でなんとでもなるけど、自然災害は待ってくれない。
 全国知事会が提言したように「防災省」を創設すべきだし、自衛隊は防衛の「片手間」に災害救援活動を行っているわけで、やはり災害に特化した「災害派遣隊」を組織すべきじゃないだろうか。陸自の隊員数はいまの半分でいいという国防の専門家もいるのだから、無理な話じゃないと思う。とかいうと「お花畑」呼ばわりする人がいるんだけど、お花畑じゃないよ。マジな話だよ。
 
 とまあ、以上は「大状況」に関しての話なんですが、同時に「小状況」として考えたのは、避難所の環境についてでした。日本の避難所って、ちょっとひどくないですか。
 古いまんまの災害救助法がいまも適用されているのが、そもそもの原因のようなんですが。
 というわけで、以下は、共同通信に書いたコラム(8月末配信)です。引用します。

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 小学生の頃、一度だけ避難所生活をおくったことがある。半世紀以上前の新潟地震(1964年6月16日)のときである。自宅の倒壊は免れたものの、石油コンビナートの火災が10日以上続き、液状化現象で浸水した家屋はしばらく住める状態ではなかった。
 それから今日までの間に起こった災害は、阪神・淡路大震災や東日本大震災はじめ、枚挙にいとまがない。にもかかわらず、50年前からほとんど進化していないように見える分野がある。避難所の環境である。
 日本の避難所の多くは学校の体育館や公民館。冷暖房の設備はなく、仕切りもなく、床に直接毛布を敷いての雑魚寝。災害のたびに報道で目にする光景である。200人以上の死者が出た今夏の西日本豪雨の場合も、例外ではなかった。
 「非常時だから仕方ない」と諦めてしまいがちだけれども、日本の避難所は国際基準とじつはかけ離れている。

 避難所の設置基準として最近ようやく認知度が上がってきたのが「スフィア基準」だ。正式な名称は「人道憲章と人道対応に関する最低基準」。国際赤十字などが1997年にまとめたもので、紛争地帯の難民救済から災害避難者へも適用が広がった基準である。
 これを明文化した「スフィア・ハンドブック」(ネットからダウンロードもできる)は、給水、衛生、食糧、栄養、シェルター、居留地などの分野別に、最低基準を示している。それによると、トイレは20人に1つ。女性用トイレの個室数は男性用の3倍。シェルターは世帯ごとに覆いのある生活空間を確保し、1人あたりのフロア面積は最低3.5平方メートル。これは畳約2枚分に相当する。
 ひるがえって日本はどうか。内閣府の「避難所設営ガイドライン」ではトイレは50人に1つ。1人当たりの面積は明示されていないが、一般的には1.65平方メートル(スフィア基準の半分)だとする報道もある。3.3平方メートル当たり最高4人(スフィア基準の4分の1)とする自治体もあった。これでは横になって満足に眠ることもできない。
 もう一つ、面積と同じくらい重要なのがプライバシーの確保である。段ボール製のパーテーションを設置する、カーテンやシーツで仕切るといった工夫も見られるものの、海外では1世帯に1張ずつテントを設置するケースが多い。
 避難所先進国としてよく紹介されるイタリアの場合、2009年および16年の地震の際にも、空調を備えたテントと人数分のベッドが数日の間に届いたと報道されている。日本でも、16年の熊本地震の際にアルピニストの野口健氏が音頭をとって熊本県益城町にテント村を設営したなどの例があるけれど、それはまだまだ例外だ。日本ではなぜこうした対応が進まないのだろう。

 単純にいってしまえば「考え方が古い」のだと思う。たとえば、災害救助法施行令に基づく基準は、避難所を「原則として、学校、公民館等既存の建物を利用」、それが困難な場合は「野外に仮小屋を設置し、天幕を設営し、又はその他の適切な方法により実施」としている。プライバシーが重視され、テントの性能が向上した現在にはそぐわない。災害救助法が施行された1947年から発想が変わっていないのだ。
 災害の際の最重要課題は命を守ることである。が、せっかく助かった命を、その後の避難生活で落としかねないのが、いまの日本の状況だ。
 避難所の劣悪な環境を嫌って、避難そのものを渋る人、エコノミークラス症候群などのリスクを承知で車中泊を選ぶ人も少なくない。熊本地震で災害関連死と認定された人は211人。地震で直接亡くなった50人のじつに4倍に上る。
 7月26日、全国知事会は巨大災害への備えから復旧復興までを一元的に担う「防災省」の創設を政府に求める緊急提言を採択した。防災省はぜひとも必要だと私も思う。
 だが、それと同時に自治体レベルでも避難所を考え直す時期に来ているのではないか。市民も発想を変えることが必要だろう。個人でできる防災には限度がある。避難所の質の向上は生命と人権にかかわる問題なのだ。
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 東京のメディアは、報道の量がめきめき減っているけれど、西日本豪雨も、関西の台風被害も、北海道胆振東部地震も、まだ続行中です。被災地の人たちの人権が守られることを希望します。災害列島で暮らしている限り、誰にとってもこれは他人事ではないんだから。
 
斎藤美奈子

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