現代書館

WEBマガジン 18/12/10


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第八十六回

件名:樹を揺らす意味
投稿者:森 達也

美奈子さま

>森君おすすめの「ザ・ベストテレビ2018」も見逃しました。NHKオンデマンドに降りてこないのはなぜなんでしょうか。

僕も詳しくないけれど、要は著作権の問題です。「ザ・ベストテレビ2018」は民放が制作した受賞番組を一気に放送します。それだけでも画期的、というか前代未聞なのだけど、たぶん契約で一回の放送がぎりぎりなのだろうな。
オンエアという言葉が示すように、テレビ番組は空中に(電波を)放出するのだから、著作権問題はもっと寛容でもいいのでは、と時おり思います。もちろんルールは必要だけど、制作者は一人でも多くの人に観てもらいたいと思っています。でも今の状況ではなかなかそれがかなわない。例えば僕が過去にディレクションした「放送禁止歌」とか「職業欄はエスパー」、あるいは小人プロレスラーのドキュメンタリーとか、たまに上映したいなどの打診が来るのだけど、僕には何の権限もない。
やはりこれはおかしいと考えて、ある行動を起こしました。経緯については詳しく書けないけれど、自分の作品の著作権を局と制作会社から譲渡してもらえることになりそうです。ならば上映もできるしDVDも発表できる。やればできるじゃないか、という感じです。テレビ業界の人たちみんながもっとこうした行動を起こせば、テレビの著作権問題はもっとクリアになるかもしれない。

>森君の嫌いな(笑)マイケル・ムーアの「華氏119」を見ました。
「華氏119」、まだ観ていないです。でも何よりも、マイケル・ムーアは嫌いじゃないよ。彼の主張の多くには賛同できるし、やはりミシガン州フリントを舞台にした『ロジャー&ミー』など初期の作品は大好きです。
 ただ、作品としては、特に『ボウリング・フォー・コロンバイン』以降、あまりに明快でわかりやすくなりすぎていて、スローガンに作品が従属してしまったという印象で(逆に言えば、だからこそ一般受けしたのだろうけれど)、あまり評価できない、という気分です。ムーアは悩まないんだよね。でも僕は、彼の悩みや葛藤をもっと観たい。良くも悪くもストレートすぎる。メタファーが乏しい。考えさせてくれない。…作品を観るたびにそう思います。
 『スーパーサイズ・ミー』を撮ったモーガン・スパーロックは知っていますか?彼はマイケル・ムーアに憧れていて、以前に会ったとき、自分の師匠みたいな存在だと言っていました。だからその場でムーア批判をしたら、彼も同じことは思っていたらしく、「よくわかる」と言っていました。でもそのあとに、「わかるけれど、彼は樹を揺らしたんだよ。誰かが揺らさないと、そこに樹があるかどうかも僕たちはわからなかった」みたいなことを言われて、確かにそうだと思った。だから結論としては、ドキュメンタリストとしてはともかく、アクティビストとしてムーアは尊敬しています。そうしたドキュメンタリーももちろんあっていい。ドキュメンタリーは自由です。枠などない。『華氏119』もいずれ観ます。

 水道民営化法と入管難民法の改正案の強硬採決。何かもう遠い対岸の火事をじっと眺めているような気分。もちろん実際には対岸じゃなく足もとなのだけど、安全保障関連法に始まって共謀罪や秘密保護法など、安倍政権でこの国は本当に変わった。でももちろん安倍政権が独断で変えたわけじゃない。それだけの力を与えたこの国の民意の現れ。映画公開前のムーアの言葉を最後に記します。
「トランプ氏は、空から降ってきたわけではありません。トランプ氏は、私たちそのものなのです。もしトランプ氏を排除しようとするのなら、私たち自身の振る舞いを変えなければなりません」

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