現代書館

WEBマガジン 19/04/15


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第九十回

件名:安倍政権が加速させる島嶼防衛
投稿者:森 達也

美奈子さま

僕たちが新潟で高校生だった時代には原発の問題があったし、大学生だったころには横田めぐみさんが高校のすぐ近くの海岸で北朝鮮から拉致されている。でもあの頃は、報道もほとんどないし、もちろん意識も関心もなかった。

>われわれの母校は、政治的にはダメダメだったのではないだろうか(私だけか?)

まあこれについてはMe tooだよ。でも高校時代に、6〜7年前くらいの先輩たちは高校でロックアウトやバリケード封鎖を行っていたという話を聞いたことがあるよ。だから母校というよりも、やっぱり時代の影響は大きかったと思う。全共闘世代は少し上。僕たちの世代は無気力・無関心・無責任の三無主義世代と重なるのかな。ただし中学や高校時代にあさま山荘や安田講堂陥落などのテレビニュースを見ていたから、刺激だけは受けていた。特に僕の場合は、高校時代に新潟市内の名画座「ライフ」でアメリカンニューシネマばかり観ていたから、反体制的な気分はかなりあった。ところが大学に入れば政治の季節は終わっていた。周囲に政治的な気配はほとんどないし、友人ともそんな会話ができない。振り上げかけた拳を下ろす場がない。まあそもそもしっかりと意図があって握りしめた拳じゃない。ナンパが目的で大学のバリケード封鎖に参加して社会や政治の矛盾や不正に気付いたサイモン(映画『いちご白書』の主人公)のように、多分にファッション的な政治感覚だったと思う。だから僕の世代は、自主制作映画や演劇、音楽の道に行った人が多いよ。その後も僕は政治や社会に対しては強い関心はなかった。テレビ業界に入って報道系の仕事もずいぶんやったけれど、いま思えば意識や理念があったとはとても思えない。やっぱり僕の場合は、オウム真理教のテレビドキュメンタリーを撮ろうとして組織から排除された結果とし
て映画になった経緯が、今に至る原点なのだと思う。つまり僕の原点は39歳のとき。高野悦子さんは「二十歳の原点」で森達也は「三十九歳の原点」。遅咲きすぎる。いやそもそも咲いてもいないけれど。

そういえばここまで書いて思いだしたけれど、赤軍派議長で最高指導者だった塩見孝也さんが、運動を始めた理由について質問されて「格好いいと思ったから」みたいなことを言ったことがあったな。このときはさすがに驚いて「それだけですか」と念を押したら、「だって周りもみんなそうだったよ」と塩見さんは答えた。物事の始まりってそんなものかもしれない。

先月、新作映画の撮影で宮古島に行きました。着いてすぐに島内を案内してもらったのだけど、建造されつつある自衛隊の宿舎や、レーダー基地や弾薬貯蔵庫予定地域などを見ながら、その規模と広大な敷地には改めて圧倒された。安倍政権が加速させる島嶼防衛については、三上知恵さんの映画『標的の島 風かた
か』で、アメリカの戦略である「エアシーバトル構想」の一環であることはわかっていた。米国の戦略・予算評価センター(CSBA)が2010 年に構想を発表した「エア・シー・バトル」構想とは何か。ネットで検索したら、三上さん自身の説明を見つけた。以下に引用します。

たとえ中国が軍事的な動きを見せたとしても、「第1 列島線の内側での潜水艦攻撃や機雷敷設を通じて中国の海上交通を遮断して、それらの島嶼を防衛し、その領域の外側の空域及び海域を支配する」という計画だ。つまり台湾有事であっても中国が軍事
的に動けば、大規模な通常戦争の脅威を回避するために中間ステップとしての「海上制限戦争」に入るという構えなのだ。
 局地的な紛争に押さえ込み、国際協力で早期に火消しを計る。これは犠牲を極力排除できるし、悪いアイディアではない。米国本国にいたらそう思うかも知れない。しかし局地的な制限戦争の舞台にされた方はたまらない。米中の軍事衝突の力試しの土
俵として、自分の島を提供していいと誰が言ったのか。そこは当のアメリカも危惧している。この作戦を遂行するには「同盟国に自国の国土から中国に対する攻撃を許可することを要求することになる。そこに困難がある」と分析している論文がある。その不安こそ、まさに「集団的自衛権」を確約させることでクリアできる。安倍総理は米国国民の前でそれを約束してくれた、アメリカにとって実に頼もしいリーダーなのだ。
http://www.magazine9.jp/article/mikami/22064/

三上さんがこれを書いたのは2015年8月、事態はまさしく彼女が危惧した方向に動いている。ほぼ形になりつつある。宮古島では自衛隊基地建設に反対する人たちの声を聞いた。このままではまた同じことが繰り返されると訴えられた。どこまでも続く青
い空。その下で進む自衛隊核施設の建設を見つめながら、ため息ばかりをついていた。…この結びの文、感傷的すぎると揶揄されるかもしれないけれど、でも本当に無力感でいっぱいだった。

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