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WEBマガジン 19/12/02


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第九十七回

件名:「桜を見る会」をめぐって
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

そんなつもりはなかったのですが、ついに月をまたいでしまいました。すんません。
 「i  新聞記者ドキュメント」たいへんな評判ですね。森達也、すっかり時の人、という感じ。ぜひとも映画を見てから次を書こうと思っていたのですけど、時間がとれず。遅ればせながら、今日これからユーロスペースに見に行きます(予約ずみ)。

 ですので、映画については、年内のどこかで追加として書かせてもらいたいとも思っていますが、11月の話題として特筆すべきはやはり「桜を見る会」でしょう。
 共産党の田村智子議員が参院予算委員会でこれを問題にしたのが11月8日。それから11月末までのあいだに、出るわ出るわ、首相が関与したとおぼしき「政治の私物化」を示す数々の証拠。
 当初は参加者の人数が多すぎる、前夜祭の会費が安すぎる、といった「数」の問題だったのが、やがてジャパンライフの会長だの、「反社会的勢力のみなさま」だの、参加者の「質」の問題に波及し、一方では名簿データの廃棄という、官僚の不正疑惑まで明るみに出てしまった。公職選挙法違反と政治資金規正法違反は、もはや疑惑の段階を通り越している。「安倍政権は詰んだ」「さすがにもうアウトだ」と誰だって思うよね。

 事実、共同通信社が11月23日、24日に行った全国電話世論調査でも、公費による首相主催の「桜を見る会」に関する安倍晋三首相の発言を「信頼できない」と回答した人は69・2%にのぼり、「信頼できる」は21・4%だった(信頼できると思ってる人が20%もいることのほうが驚きだけど)。
 また、これを伝える記事によると「安倍内閣の支持率は48・7%で、十月の前回調査から5・4ポイント減った。不支持率は38・1%」だから、それでもまだ支持が不支持を上回っている。「支持率が50%を下回ったのは七月調査以来、四カ月ぶり。不支持の理由として「首相が信頼できない」と答えたのは36・0%で、前回調査から8・2ポイント増えた」とか言ってるけど、総理の発言は信用できないが政権は支持するという人が20%くらいいるってことだよね。不思議な話です。

 なぜ、こうなのか。考えてみれば「安倍政権は詰んだ」「さすがにもうアウトだ」といわれたことは、モリカケ問題をはじめ過去にも何度もあったわけで、それでも政権は延命し、とうとう憲政史上最長という記録まで更新した。
 長期政権の「驕り」とか「緩み」とかいわれているけど、それだけが理由ではもちろんない。答えのひとつは、貴君のインタビュー記事の中にもある。
 
「やるべきことの最優先は、やっぱり権力監視です。それはジャーナリズムの一番重要な使命のはずなのに、最近はそれがほとんど果たされていないんじゃないかなという気がします。何か疑惑なり不祥事なりがあったときに、安倍首相のぶら下がり取材や記者会見なんかで、どうしてもう一歩突っ込んだ質問ができないのかと、もどかしく感じることがしばしばあります」。
 その通り! 同意度100%。

 インタビュー記事の続き。
 「あれだけ『桜を見る会』の問題が取り沙汰されていたのに、沢尻エリカが逮捕されたらその話題一色になる。理由は視聴率が稼げるから。そして、視聴率の主体はテレビではなく社会です。常々思っていることですが、メディアは社会の合わせ鏡で、つまり僕らはその程度のレベルだということなんです」
 まあ、原則としてはその通りでしょう。同意度80%。20%引きなのは、「僕らはその程度のレベル」と断言していいのかどうか、一抹の疑問があるからです。じっさい、メディアは沢尻エリカに一時は大きく傾いたけど、桜疑惑にかんする報道はその後も続いているし、新しいスクープも出てきた。モリカケよりもずっとわかりやすいし、桜疑惑は視聴率が稼げる事案になりつつあるんじゃないのかな。

 ついでに貴君のツイートから。
「こうした事実が広がらない。あるいは広がっても怒らない。メディアの中にも歯ぎしりしている人はたくさんいる。でも国民が関心を示さないのなら仕方がない。この民度だからこそこの政治家たち。まさしく身の丈だと実感する」
 乱暴に要約すれば「国民がバカだから、報道も政治もこの程度」ってことですかね(ちがったらゴメン)。気持ちはわかるが、これは同意度50%だな。「国民が関心を示さないのなら仕方がない」っていう発想は、「読者がバカだから硬い本が売れない」っていう編集者のボヤキと同じでさ、クリエーターには危険な罠だよ。それをいっちゃあおしまいなのよ。それでも視聴者や読者をふりむかせるのが、メディアの仕事なんだから。

 もうひとつ貴君のツイート。
「僕はネガティブ思考だ。すべてを悪い方向に考える(だってそのほうが失望はしないし好転したときの喜びも大きい)。だからこの追及もそろそろ終わると考えている。あと数日でこの国の人々はこの話題に飽きる。ならばメディアも大義を失う。そうしたり顔で考える自分を、お願いだから打ち砕いてほしい」
 最後に「打ち砕いてほしい」という一文が入ってはいるものの、こういうしょーもないつぶやきを、社会的に影響力のあるあなたには、してほしくないな。読んだ人はガックリくるからさ。「終わらせない」ためにどうするかを考えてくれよ、みんなが当事者なんだから。同意度10%(「お願いだから」以下がなかったら0%)。

 あと、以下は貴君がリツイートした保坂展人さんのツイート。
 「どうせ国民は忘れる。年末年始をはさんで、正月を迎えると不思議なもので、今は騒がれている「桜を見る会」も、過去のことになる。国会をこれ以上延長すべきではない。とにかく、批判に耐えてじっとしていれば潮が引いていくように問題は消える……以前から永田町の「経験則」として語り継がれている」
 なんだよなんだよ、これは。保坂さんらしくもない。永田町の「経験則」をただ伝えただけなのだとしても、読んだ人は誤解して「だったらまた同じか」と考える。こういう何の足しにもならない予言をするから予言通りになるんだよ。同意度0%。

 安倍長期政権の弊害のひとつは、主権者の側に「どうせまたダメだ」という敗北主義を植え付けたことだと思う。野党支持者の側からいうと、選挙では負ける、特定秘密保護法から安保法制、共謀罪(テロ等準備罪)にいたるまで、数々の法案をめぐる攻防戦でも負ける。森友学園問題、加計学園問題、南スーダン日報問題なんかの不正についても、政権を退陣させるところまでは追及しきれず、最後はうやむやになる。
 こんなことばかり繰り返してきたおかげで「負け癖」がつき、あなたのいう「ネガティブ思考」が、上から下まですっかり身についてしまった。

 でもさ、「桜を見る会」に関しては、いままでとは闇の深さも広がりも比較にならない。野党はよく戦っているし、ジャーナリズムも健闘してると思わない? 結果は予測できないとしても、この調子で行てまえーと思ってる人は多いはずだ。
 なので悲観しているヒマがあるなら、応援したほうがいいよね。野党がんばれ、マスコミ負けるな。君には世論がついてるぞ。
 アウトなはずの政権を本当にアウトにするには、前むきに行かないと。そうしたら、ここでジャーナリズムにも変化のきざしが出てくるかもしれないし、敗北主義に骨の髄まで侵された官僚の中にも、忖度をやめる動きが望めるかもしれない。
 悲観するのはまだは早すぎる。ということで、今日は映画を見てきます。

斎藤美奈子

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