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WEBマガジン 21/09/30


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第119回

件名:総選挙を控えた新総裁と野党
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 自民党総裁選の結果を見てから書こうと思っていたので、月末ぎりぎりになりました。
 で、本日、岸田文雄氏が新総裁に選ばれました。
 安倍麻生が陰で糸を引いているとか、出来レースだとか、いろいろいわれていますが、そういう床屋談義的(苦笑)ゲームの論理には関心がまったく持てなかったので、今回は、河野太郎、高市早苗、野田聖子各氏を含めた4人の政策論争もちゃんと追ってはおりません。
 まあ、結果的にはいちばんマシな選択になったのではないでしょうか(バリバリ新自由主義者の河野太郎と、バリバリ極右の高市早苗だけは頼むからやめてくれーーー、だったよね。ほんとは野田聖子がよいと私は思うけど、勝てる見込みはなかったし)。岸田新総裁はひとまずふつうにしゃべれる人なので、それだけでもちゃんとして見えます。いままでがあまりにひどかった。あるいは政治家の評価基準がおそろしく下がった結果ともいえますが、自民党にも、「河野じゃ選挙は勝てない」と考える判断力持ちが半分はいた、ということでしょうか。

 それにしても、あらためて思うのは、菅政権になってからの1年間、もしくは安倍政権も含めての9年弱がどれほどひどい時代だったか、ですよね。
 昨年、菅政権が誕生したとき、貴君は「神輿がなくなったエンジンは暴走する」といってたじゃない? 「神輿がなくなったエンジンはより加速した。しかも剥きだしとなったメカニックには、抑制や後ろめたさや姑息さはない。だって機械だもの。狡猾も打算も含羞もない」と。
 ほんとにその通りだったよね。安倍は「やってるふり」ばかりだったけど、菅は「やってるふり」すらしないというか、できなかったもんなー。そのくせGoToトラベルに固執して年末年始の「第3波」を招き、東京五輪を強行して、災害なみといわれる「第5波」の医療崩壊を招いた。感染者の増減はウイルスの側の都合もあるので、五輪と第5波の因果関係は証明できませんが、あの状況で五輪をやってること自体が狂ってたもんね。学術会議6名の任命拒否はあのまま放置だし、臨時国会は開かないし、今年に入ってからの菅政権もはや内閣の体をなしていなかったようさえ思えます。

 もっとも、じゃあ岸田新総裁に期待がもてるかというと、それはないよね。巷間囁かれているように、岸田が安倍麻生の傀儡ならば、岸田政権は「続々安倍政権」で、一見ソフトにみえる岸田だからこそ危ないことをやりかねない。安倍ができなかった改憲とかさ。前のめりの姿勢がみえみえな安倍よりも、改憲に情熱のないように見える岸田(もっとも岸田も改憲はするといっている)のほうが、コロナ禍に乗じて首尾よく改憲にこぎつけないとは限らない。ショックドクトリンというやつです。

 ところで、問題は総選挙です。総裁が岸田になったことで野党共闘は選挙が戦いやすくなった、という意見が多いけど、本当なんでしょーか。有権者に人気があるのは河野太郎で(私にはまったく理解不能な見解ですが)、岸田は旧態依然の政治家に見えるからだ、と。
 政権交代の目が出てきた、という人もいます。さて、どうなんでしょうね。

 9月8日に、立憲民主、共産、社民、れいわの4党が調印した野党共通政策6項目はこういうものでした。題して「命を守るために政治の転換を」。

(1)憲法に基づく政治の回復
 安保法制、特定秘密保護法、共謀罪などの違憲部分を廃止し、コロナ禍に乗じた憲法の改悪に反対する。辺野古の新基地建設は中止するなど。
(2)科学的知見に基づく新型コロナウイルス対策の強化
 従来の医療費削減政策を転換し、医療・公衆衛生の整備を進める。医療従事者やエッセンシャルワーカーの待遇改善を急ぐなど。
(3)格差と貧困を是正する
 最低賃金の引き上げや非正規雇用者・フリーランスの処遇改善により、ワーキングプアをなくす。消費税を減税し、富裕層の負担を強化するなど。
(4)地球環境を守るエネルギー転換と地域分散型経済システムへの移行
 再生可能エネルギーの拡充により、石炭火力から脱却し、原発のない脱炭素社会を追求するなど。
(5)ジェンダー視点に基づいた自由で公平な社会の実現
 選択的夫婦別姓法案やLGBT平等法を成立させ、性暴力根絶に向けた法整備を進める。議員の男女同数化(パリテ法)を推進するなど。
(6)権力の私物化を許さず、公平で透明な行政を実現する
 森友・加計・桜を見る会などの真相を究明する。日本学術会議の会員を同会の推薦通りに任命するなど。

 この共通政策をまとめ、野党4党に署名さたせのは市民連合だから当然なんだけど、すごく「よさげ」に見えません? このとおりにやれたらいいよなあ、と思います私も。
 でもさ、あえて意地悪な言い方をすると、これを「よいなあ」と感じる人は、もともと政治に関心があり、もともと反自民で、もともと投票に行き、もともと野党に投票する人たちなんだよね。つまり「固定客」向けの政策なわけ。野党が本気で政権交代を目指すなら、これまで投票に行かなかった「新規顧客」を開拓しなければならない。新規開拓ができますかね、この6項目で。若い人たちに訴求力があるのは(3)と(5)くらいではあるまいか。
 2009年の政権交代時を、私は思いだします。あのときに民主党が出したマニフェストも、すばらしいもので「これが全部実現したらすごいよな」と思ったけど(あのとき私が興奮してたのは、貴君もご存じの通りです)、途中から消費増税をいいだし、最後は空中分解し、野田首相の自爆テロで、結果的には安倍政治への道を開いてしまった。いま思えば、総花式すぎたんだよね、あのマニフェストは。
 今回もその轍を踏まなければよいが、と願うばかりです。

 ただ、共産党や立憲民主党がこの後で発表した経済政策は、明らかに新自由主義経済からの脱却を方向づけるもので、しかもかなり具体的。消費税を5%に引き下げ。立民は「年収1000万円以下の所得税免除」を、共産党は「最低賃金を時給1500円に引き上げ」を掲げています。
 立民の中には新自由主義論者が相当まじっているので(枝野代表もかつてはそうだった)、額面通りには受け取れないにしても、野党共闘が生活者目線の財政出動に舵を切ったのは、大きな前進だと思います。岸田自民党も脱新自由主義のポーズをとるだろうし、政権交代は楽じゃないと思うけど。
 はたして傀儡といわれる岸田政権がどう動くのか、衆院選の情勢はどう変わるのか、今回は興奮せずに、しばし見守ることにします。

2021年9月29日 斎藤美奈子

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