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WEBマガジン 22/02/02


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第123回

件名:佐渡金山の世界遺産登録をめぐって
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 ごめんなさい! 1月中にアップしなくちゃいけなかったのに、またまた月をまたいでしまいました。なんでこんなに〆切りの数が多いんだろう。書いても書いても次の〆切りがやってくる。

 ところで貴君は新潟にいた当時、佐渡に行ったこと、ありますか?
 どういうわけか、私はなかったんだよね。高校時代、友人たちは夏休みにキャンプに行くとか騒いでいたし、私以外の家族もなんだかんだで1度や2度は上陸経験があるみたいなんだけど。
 そんなわけで、はじめて佐渡に上陸したのは10年ちょっと前のこと。お目当ては完全に佐渡金山です。

 前にも言ったことがあると思うけど、私は鉱山(炭坑をふくむ)ファンなのね。あるいは鉱山萌え。マニアというほどではないけれど(マニアはかつての廃鉱山跡を古い地図から探し当てて探索に行ったりする命知らずの人たち。廃鉱山跡はどこに地下の坑道に落ちる坑があいているかわからない、死と隣り合わせの危険な趣味です)、鉱山と聞くと血が騒ぐ。
 日本にはもう稼働している鉱山が数えるほどしかなくて、私たちが子どもだった時代の日本地図に点在していた「父」の字に似た鉱山の記号も、現在の地図にはほとんど見当たりません。しかし、かつての日本は結構な鉱山国だった。著名な廃鉱山の多くは今は「国の史跡」に指定され、歴史遺産や観光資源として、整備された坑道を公開しているところもけっこうある。くだらない自慢になるので列挙はしませんが、教科書に出てくるような「ここぞ」な鉱山はだいたい行ったかな。なので「日本は資源に乏しい国」とかいわれると、ケッ何を言ってやがんだい、と思います。

 その佐渡金山がユネスコ世界遺産の登録問題で揺れています。以前はたしか「佐渡金銀山」正確には「金と銀の島、佐渡−鉱山とその文化−」としての登録を目指していたと思うんだけど、気がついたら銀山は外されて「佐渡島(さど)の金山」という名称に変わっていた。
 それはともかく、報道されているように、1月20日の時点では「世界文化遺産への推薦を2021年度は見送る方向」だったはずが、一転、28日になって岸田首相は推薦すると表明した。2月1日には閣議決定もされて、正式に申請が行われる見通しです。
 
 なぜ推薦を「見送る」ことになっていたのか。
 ご存じのように、韓国政府が「旧朝鮮半島出身者が強制労働をさせられた」として登録に反対していたたためです。ユネスコは昨年、「世界の記憶(旧世界記憶)遺産」で、「関係国の異議申し立てを認め、合意がなければ審査に入らない」とする制度を導入しています。そもそもこの方針自体、中国の「南京大虐殺」関連資料の「記憶遺産」への登録に、日本が異議を申し立てのがキッカケだった。
 世界文化遺産についても、「推薦書の提出前に当事者間で対話すべきだ」という作業指針がすでに採択されている。そんな経緯があればこそ、外務省や文科省は慎重な姿勢をとり、政府も推薦を見送る姿勢でいたわけですね。韓国の抗議を無視してこのままゴリ押したところで、登録される見込みは薄いということによる見送り。賢明な判断だったと思います。
 
 ところが直前で、それが引っくり返った。
 7月の参院選を見すえ、自民党内の保守派に考慮したとかいっているけど、要は安倍晋三が横やりを入れたからだよね。
 SNS上で「(推薦を)来年に先送りして登録の可能性が高まるのか。冷静な判断が求められる」「(韓国側に)歴史戦を挑まれている以上、避けることはできない」などと発信していた安倍。
 予算委員会で「国家の名誉にかかわる事態だ。必ず今年度に推薦を行うべきだ」と主張した高市早苗。
 この人たちにとっては、佐渡金山はもちろん世界遺産もどうでもよく、日本の名誉をかけて、というか歴史修正主義者のメンツにかけて韓国との「歴史戦」をやりたいというのが本音でしょうね。「歴史戦」っていわばネトウヨ用語ですからね。世界遺産登録を妨害し、国益を損なってるのは、そっちだよって話です。

 では新潟県はどうかというと「朝鮮半島出身者が働いていた事実はあるが、強制労働だったかどうかは資料や記録がなく、把握していない」という立場だそうだ。なんだよ、それ。
 佐渡金山での採掘は1600年代の初頭からはじまって、江戸時代には徳川幕府の金庫の役割を果たし、明治期には民間企業(三菱合資会社)に売却されて、太平洋戦争中は戦争物資を確保する鉱山として活用された。朝鮮人労働者が鉱夫として強制的に動員されたのは1940年代です。
 新潟県が文化庁に提出した資料では「16世紀後半から19世紀半ばまでの伝統的手工業による金・鉱山遺跡群」、つまり登録対象期間を「江戸期」に限定しているんだけど、本当は明治以降の近代遺産(選鉱場跡やシックナー)もたくさん残っていて、遺構として見るべきなのは、むしろそっちなんだよね。にもかかわらず、県は対象期間から近代(朝鮮半島を植民地支配していた時期)を除いたわけ。強制動員の歴史を隠蔽したいという意図を感じざるを得ない。世界遺産への登録は地元の悲願なんだろうけれど、だったら負の歴史もしっかり見すえなくちゃ歴史とはいえないでしょう。

 ご存じのように、世界遺産をめぐる日韓の対立は、2015年に「明治日本の産業革命遺産」が登録されたときからはじまっています。長崎県の端島(通称・軍艦島)で「戦時中、朝鮮半島出身者が強制的に働かされた」と韓国側は主張。日本側が「徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる」「犠牲者を記憶にとどめるために適切な対応を取る」と表明したことで登録にはこぎ着けたものの、いまだにそれは実現していないし、約束していた「産業遺産情報センター」も設立されてません。
 「明治日本の産業革命遺産」自体、先に登録申請が決まっていた「長崎の教会群(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺跡)」を押しのけて申請に踏み切った経緯があり、背後にはやはり当時の首相だった安倍の意向が働いていたといわれています。「明治日本の産業革命遺産」の構成遺産に含まれている、長崎の軍艦島も熊本の万田坑も私にとってはある種の「聖地」なので、安倍ごときに踏みにじられたのは腹が立って仕方がないです。

 そんなわけで「第二の軍艦島」として紛争の種になりかねない佐渡金山。
 文化には関心なんかないくせに、なんでもう首相でもない安倍が、いちいちしゃしゃり出てくるのか。あなたは文化遺産の、鉱山の何を知っているのかと問いたいよ。
 森君は前回、日本の加害責任について書いていたけど、世界遺産登録問題もそれに類する案件といえるよね。負の歴史と向き合わないこの国の姿勢、いつになったら正されるのだろう。
 世界遺産になんかべつに登録されなくてもいいだろう、という意見もあるとは思うけど、登録に価値があるのは、世界的なヘリテージと認定されることによって予算がつき、保全の努力が払われるから。観光資源としての価値は二の次で、歴史の保存が目的なのよね。

 私がどうして鉱山にひかれるのか考えると、鉱山は(炭坑も)「近代の光と陰が凝縮された場所」だからだと思うんだ。ライトウィングの人たちは「光」の面ばかりを強調し、レフトウィングの人たちは「陰」のことばかり言い立てる。ライトは為政者の立場から、レフトは労働者の立場から発想する癖がついているためだと思うけど、実際は両面あるんだよね。当たり前だけど。
 実際、現地に行ってみると、鉱山労働がいかに過酷だったかを実感できると同時に、人間の力ってなんてすごいんだ、とも思う。地図から消えた「父」記号の存在を体感できる場所は、もはや史跡としての鉱山跡しかありません。机上の空論に終始せず、鉱山を(炭坑も)、みんなもっとリスペクトしてほしいです。

2022年2月2日 斎藤美奈子

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