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WEBマガジン 23/04/28


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第138回

件名:NHKニュース9とイラク戦争
投稿者:森 達也

美奈子さま

今回はちょっと硬いです。

数日前のNHKニュース9で、2003年から始まったイラク戦争における日本の舞台裏を特集していた。そのベースとなったのは、小泉内閣で総理大臣補佐官や内閣官房参与を務めた岡本行夫元外交官の(個人的な)資料だ。
3年前に逝去した岡本が、当時の小泉政権の政策決定に対してどれほどの影響力を持っていたのかはよくわからない。番組の作りとしては、彼の資料というか手記に依拠しすぎているのではと思ったけれど、でもイラク戦争について検証することは重要だ。
というか、日本はあまりにも検証する力が弱い。ブッシュ政権がイラクへの武力侵攻を主張したとき、国連の場ではフランスとドイツ、ロシアと中国など多くの国が侵攻に激しく反対した。だってこのとき、イラクは国連の査察を受けていた。いわばホールドアップしている状態。ところがその態度が悪いうえにフセイン政権はアルカイダと関係があるし大量破壊兵器を隠し持っているとの理由で、ブッシュ政権は武力侵攻を主張した。
最終的に武力侵攻を決行したアメリカはフセイン政権を瓦解させた。もしもフランスとドイツ、ロシアと中国だけではなく他の国も反対したならば、さすがに侵攻はできなかったはずだ。でもアメリカを支持する国もあった。具体的にはイギリスとオーストラリア、スペイン、そして日本だ。
特に日本は、この時期に態度が不明確だった非常任理事6か国にODAなどをちらつかせながら決議賛成の根回しをこっそり行うなど(後に当時の外交官が著作で暴露した)、アメリカへの貢献度はきわめて高かった。
フセイン政権はあっというまに瓦解したけれど、大量破壊兵器は見つからない。アルカイダとの関連も確認できない。というか、イスラムにおいてきわめて世俗的なフセイン政権が、原理主義のアルカイダとパイプなど持てるはずがないことは、侵攻前から多くのイスラム専門家が指摘していた。さらに侵攻後、CIAが大量破壊兵器は存在していないとの報告をブッシュ政権にあげていたことも発覚する。つまりブッシュ政権は偽りの大義を掲げたのだ。
アメリカの多くのメディアはブッシュ政権を激しく批判し、『華氏911』『バイス』『記者たち 衝撃と畏怖の真実』『フェア・ゲーム』などブッシュ政権の欺瞞と国民への背信をテーマにした多くのハリウッド映画も製作された。イギリスのトニー・ブレア首相はイラク戦争への加担を検証する独立調査委員会の公聴会で証人喚問されて自らの非を認め、オーストラリアのジョン・ハワード首相もアメリカに同調したことを激しく批判された。
でも日本では現在に至るまで、イラクへの武力侵攻をテロへの戦いと称して強く支持した小泉政権に対して、批判も検証もほとんどない。
この国はいつもこうだ。事後を振り返らない。検証しない。記憶しない。
ニュース9は、岡本氏の手記から「武力行使が始まれば日本は米国を支持する他に選択肢なし」「対米関係で決定的に重要なのは戦闘開始日の総理の第一声」などの記述をピックアップして、苦悩の末の決断だったとレポートする。でもこれは実際の経緯とは微妙に違う。日本は武力侵攻が始まる前からアメリカ支持を表明していた。「他に選択肢なし」の理由もよくわからない。実際にフランスやドイツも同盟国でありながら、最後までアメリカに反対したのだ。
アメリカを無条件に支持した理由をニュース9は、宮家邦彦元外交官へのインタビューで、金銭だけの貢献で評価されなかった湾岸戦争の教訓が大きかったなどとコメントさせている。
湾岸戦争で(武力で貢献しなかった)日本は世界から評価されなかったとは彼らの得意なフレーズだが、僕の実感では決してそんなことはない。武力に頼らない日本の決断を称える国はたくさんあった。それにそもそも、仮にもしも評価が低かったとしても、それを理由に憲法という原理原則の解釈を変えることなどありえない。優先順位がおかしい。
結果的にイラクへの武力侵攻は、20万人以上のイラク市民が犠牲となり(今のロシア・ウクライナ戦争の比ではない)、ISを誕生させて世界をさらに不安定化した。
2004年2月にもアメリカの要請に従って、小泉政権は陸上自衛隊をイラク南部のサマワに復興支援の名目で派遣する。でも綿井健陽が発表したドキュメンタリー「ガンバレ@自衛隊」を見れば、現地で自衛隊が何をしていたか(ほぼ何もしていなかった)ことが明らかになる。要するにアメリカの指示に従うことが重要なのだ。でも万が一自衛隊員が現地で誰かを殺害したり殺害されたりしたら、日本国内で大きな問題になる。だから隊員はほぼ基地から外に出なかった。
そうしたことも報道されない。その後もアメリカにぴたりと付き従いながら日本はそれまでの針路をどんどん変える。その経緯の集大成が、岸田内閣が閣議決定した安全保障三文書の変更や防衛費の大幅増額だ。
もう一度書くけれど、ニュース9の取り上げ方について不満はたくさんある。でも少なくとも、過去の戦争への協力と支援を検証しようとの姿勢については、大きく評価したい。

森 達也

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