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WEBマガジン 23/05/31


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第139回

件名:ジャニーズ問題の衝撃
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

5月はいろいろありました。G7広島サミットとか。
〈G7席上でゼレンスキーが「私はもう国民にこれ以上死んでほしくない。あなたの国の人たちを殺したくない。だからお願いする。今すぐ軍を撤退してくれ。そして話し合おう。何日でも何年でも。それが政治家の仕事のはずだ」とプーチンに呼びかける夢を見た。夢だよ。ムキになる人がいるから念のため〉(5月20日)。←貴君のこのツイート(たくさん拡散されました)はよかった!
 実際「広島ビジョン」に「核廃絶」の文字はなく、核兵器禁止条約への言及もなく、「防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争や威圧を防止すべきとの理解」とかいっちゃって、核兵器の正当性をぬけぬけ主張しているわけですからね。何のために広島で開催したのかって感じです。

 個人的には今月で「週刊朝日」が101年の歴史に幕を下ろしたのも、ニュースとしては大きかった。紙の雑誌の休刊はもはや止められない流れであるとは思いつつ、(「週刊朝日」の読書欄「週刊図書館」で、私はなんだかんだ、20年以上仕事をしてきたこともあり)ここまで続いてきた雑誌を潰すんだ(「AERA」は残すのに?)、何とかならなかったのかなという思いも拭えません。
 もちろん雑誌に休刊はつきもので(かつて私が連載をしていて連載中または連載終了後に休刊した雑誌を数えてみたら軽く10誌以上あった)、朝日新聞社(現朝日新聞出版)が潰した雑誌も「週刊朝日」だけではありません。
 ざっと調べてみただけでも、「朝日ジャーナル」(1992年休刊)、「月刊Asahi」(1994年休刊)、「uno!」(1998年休刊)、「アサヒグラフ」(2000年休刊)、「論座」(2008年休刊)、「アサヒカメラ」(2020年休刊)。  
 この中で残すべきだったと今でも思うのは「朝日ジャーナル」だよね。安倍政権以降のこの国の悲惨な状況を見るにつけ、「ジャーナル」と、あと「噂の真相」(2004年休刊)が残っていたらなあ、と何度思ったか知れません。まー単なる愚痴ですけど。

 なのですが、4月5月で最もショックだったのは、故ジャニー喜多川氏の性的虐待事件です。
 元ジャニーズJr.のメンバーだった男性が被害体験を実名で証言したのが4月12日。その後、ジャニーズ事務所の現社長も動画で謝罪を表明し、その対応や、これまで何も報じてこなかった大手メディアの体質がさんざん批判されていますけど(それ自体もむろん問題だけど)、私が受けたショックはもっと根本的な問題です。つまり、なぜ少年への性虐待がこれまで放置されてしまったのか。たとえば喜多川氏の虐待の対象が少女だったら、こんなに長く放置されてこなかったのではないか。

 少年への性的虐待が、世界的に衆目を集めたのは、カトリックの聖職者によるそれでした。
 2002年にアメリカのボストン・グローブ紙が報じたのを機に、世界中で行われてきた少年に対する聖職者の性的虐待が発覚。一例として、フランスのカトリック教会から依頼を受けた独立調査委員会が2021年に出した報告書は、フランスのカトリック教会では70年間に3000人前後の神父が関与し、21万人超の子ども(多くは少年)が性的被害を受けたと伝えています。
 今年、イギリスBBCがジャニーズの性的虐待のドキュメンタリー番組を制作した際にも、この件が念頭にあったのではないかと思われます。ところが日本のメディアはまったく反応しなかった。要は世界の潮流に、日本がいかに疎かったか、です。
 そもそも(日本に限らずですが)、少年に対する性的行為は古代から「少年愛」などの名目で容認され、美化さえされてきた歴史があります。

 それで例によって関係書籍を読んでみたのですが、いろいろわかったことがありましたね。これについては「ちくま」の最新号で書いたので、ここでは詳細は省きますけど、名著(奇書?)とされている稲垣足穂『少年愛の美学』なんかも、いま読むと、ひどいことが書いてある。
〈女性は時間と共に円熟する。しかし少年の命は夏の一日である。それは「花前半日」であって、次回はすでに葉桜である。原則的には、彼が青年期へ足をかけ、ペニス臭くなったらもうおしまいである〉とか〈異性愛は広き門である。それに反して少年愛はきわめて狭き門である〉とか。
 彼がいう「少年愛は、同性同士の対等な関係ではないのよね。特権階級(権力者)のみに許された特権的な行為(暴力といってもいい)であって、少年側の人権は一顧だにされていない。
 以下は「ちくま」に書いた原稿の一部です。
 
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 かつての男子校では相当乱暴なことも行われていたようだ。丹尾安典『男色の景色』は大杉栄らの例を紹介している。
〈大杉はよく少年をおそった。うまくやったとみえ、「僕と同じ寝室のものゝ中へははいりこまなかつたが、よく遊びに行つた左翼の寝室のものからは何んの苦情も出なかつた」〉
〈今東光も谷崎潤一郎に告白している、「中学時代は盛んにやりました。同級生だけで三人、下級生は美少年の限り手当たり次第でした」「仕舞いにはドスを懐に忍ばせて、下級生の稚児争いを上級生の奴らとやりまして、大騒ぎになったこともあります」〉
 若き日の蛮勇として、彼らが自慢たらたらにこの件を語っている点に注目したい。これが当時の「文化」だったのだ。
 生徒同士とはいえ、上級生と下級生の力関係は非対称である。師弟関係となればなおさらだ。たとえば井伏鱒二。早稲田の学生だった頃、井伏は露文科の教授・片上伸に目を掛けられていた。井伏は自らの作品(『雞肋集』)でこのことを書いている。
 〈肩口氏(註・片上のこと)は体質的に非常に気の毒な人でたまたま人のゐないところで教へ子を見ると、目の色を変へ身ぶるひする発作を起すことがあるといふことであつた〉〈肩口氏は私の下宿の町名番地をたづねて手帳に書きとめたが、途端に例のその発作を起さうとした。これはたいへんだと私が仰天して逃げ出さうとすると、肩口氏は腕をのばして私の襟首をつかんだ。猛烈な握力であつた〉。井伏は後に肩口(片上)の手紙を受け取った。
〈手紙には今日のことを絶対に他言してはいけないと書いてあつた。そしてもし他言したら君はどんな目にあはされるか知つてゐるだらう。君もそれを知らないほどのばかではあるまい〉
 こんなことがあって井伏は大学を中退。片上も「教え子に対する数々の男色事件」が原因で大学を辞めている。今日の大学のセクハラ事件と同種の事態といえるだろう。
 それでも井伏は片上への敬意を失わなかったらしい。被害者であるジャニーズの元少年たちがジャニー喜多川氏には今でも感謝していると語るのと似た構図(いわゆるグルーミング)である。

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 年長の男性が少年を弄ぶ行為は、西洋でも日本でも、貴族や武士や僧侶の世界で当たり前の風習だった。それを今さらどうこうすることはできないけれど、人権意識が確立された現代においてもそれは許されるのか、ということは真摯に考えたほうがいい。
 少年への性的虐待は、男性しかいない空間で起きやすいんだよね。中世近世の武家社会、伝統宗教、そして近代の軍隊、男子校の寄宿舎、スポーツチーム……。それはみんな漠然と察知していたはずなのに、でも多くの場合はきちんと問題視せず、無視したり茶化したりしてきた。 そこに犯罪性が入り込む余地があること、少女だけでなく少年も被害者になり得ることを、私たちはきちんと認識してこなかった。ジャニーズの一件で、そのことを深く認識した次第。
 男性への強制性交罪が明文化されたの2017年施行の刑法改正の際だった。それまではいわば「放置」だったわけで 、ジャニーズの一件は氷山の一角ではないのかという疑念が拭えません。
 ちなみに昨日(5月30 日)、衆院を通過した刑法改正案で「強制性交罪」は「不同意性交罪」と名称を変え、「性交同意年齢」もいまの「13歳以上」から「16歳以上」に引き上げられます。近日中に参院を通過したら、今国会の大きな成果。粘り強い運動の結果といえます。こういうところから一歩ずつ、ということになるのでしょうね何事も。

斎藤美奈子

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