現代書館

WEBマガジン 23/06/28


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第140回

件名:アイコンになった週刊文春
投稿者:森 達也

美奈子さま

この春から関西の大学で週に一回教えています。授業の内容はジャーナリズムとリテラシー。学生たちには毎週の授業の前半を使って、「メディアへの違和感」を発表させています。
もう少し具体的に書けば、一週間のあいだに抱いたメディア(テレビ、新聞、雑誌などメインストリームメディアだけではなく、ラジオやネットニュース、SNSや映画や書籍までも含めて)の報道や伝えかた、文脈、優先順位など、とにかく何でもいいから抱いた違和感を授業の前に書き、それを素材に全員で討議するというメソッドです。
学生の多くはテレビや新聞はほとんど利用していない。やはりネットが圧倒的。ここ一二週でいえば、例えば自衛隊訓練生銃撃事件について、なぜ被害者の実名は報道されるのに加害者の実名は隠されるのかとか、ロシア・ウクライナ戦争の報道でNHKのニュースはウクライナの戦闘について領土奪還という言葉を使っていたがこれは報道の中立性に抵触しないのかなどの違和感もあったけれど、圧倒的に多いのは、ジャニー喜多川氏性加害問題と広末涼子不倫問題で、半数以上の学生がこの二つを事前に書いてきた。
ジャニーズ報道について最も多い違和感は、所属タレントの〇〇が謝っていないとか藤島社長はなぜ記者会見をやらないのかなどとメディアはジャニーズサイドを責めるけれど、そもそも週刊文春のキャンペーンとその後の名誉棄損の裁判でジャニー喜多川氏の性加害を知りながら(知らなかったとは言わせない)沈黙しておいて、どの口でジャニーズサイドを責めることができるのかとの嘆息だ。
そして広末涼子については、刑事事件を起こしたわけでもないし、芸能人のプライバシー権は一般より制限されるとしても、広末が不倫相手に送った手書きのラブレターの掲載はさすがにやりすぎではないかとの違和感。
この二つについての言及はここまで。ここで僕が言いたいことは、この二つがともに週刊文春案件であること。芸能関係だけではない。最近で記憶に新しいのは、岸田首相私設秘書の長男による官邸忘年会や木原誠二官房副長官の愛人・隠し子疑惑騒動。日本維新の会交野市支部の高石康幹事長による女性府議への執拗なハラスメント疑惑。さらにもっと遡れば、ベッキ―の不倫騒動にショーンK氏の経歴詐称、甘利大臣(当時)の現金授受疑惑、巨人軍現役選手(当時)の野球賭博、舛添要一氏の政治資金私的利用疑惑、森友問題で自殺した職員遺書を全文公開して『すべて佐川局長の指示です』と見出しを打って安倍元首相を追いつめたかと思えば、返す刀で黒川弘務検事長の接待賭けマージャン暴露もあった。
政治ネタもあれば芸能ネタもある。右も左も関係ない。話題になるなら何でもやる。雑誌ジャーナリズムの王道だ。
ちなみにネットで検索すれば文春砲トップ10に必ず入る全聾の作曲家ゴーストライター騒動が話題になった後に、僕は文春の記事を正面から否定する『Fake』を発表した。正直に書けば少しだけ反撃は怖かったし、プロデューサーからは何度も身辺奇麗だろうなと念を押されたけれど、逆に言えば叩かれても出るのは埃くらいだと考えていた。結論から書けば、文春からはほぼ相手にされなかったということかな。
ここ数年のスクープは政治ネタに限れば文春と赤旗が席巻しているし、芸能や下半身ネタも入れれば文春の独壇場だ。
なぜこれほどに文春は強いのか。ある程度は想像がつく。ここまでくると、放っておいてもネタが集まるのだ。もしも今内部告発しようと考える誰かがいたとして、どこに持ち込めば最もインパクトと影響力があるかを考えたとき、週刊文春は真っ先に脳裏に浮かぶはずだ。新谷学元週刊文春編集長は、ある政治家を叩くと次にその政治家から別のネタが持ち込まれたことがあると講演で語っている。品もイデオロギーも党派性も気にしない雑誌ジャーナリズムの王道であり忖度や配慮やタブーをほとんどしないからこそ、週刊文春はひとつのアイコンになってしまった。
そのスタンスは、やはり認めざるを得ない。忖度やタブーを気にしないという意味では、『千代田区一番一号のラビリンス』を何の逡巡もなく刊行した現代書館(と菊地社長)も同様だと思うけれど、週刊文春のフットワークは圧倒的だ。
でもこの状況を言い換えれば、新聞を代表とする既成メディアがすっかり脆弱化しているとも言えるわけで、それはやっぱりよろしくない。政治でもジャーナリズムでも、一強は絶対に健全ではない。
ジャニーズ問題と統一教会問題は、メディア関係者の多くは何となく知っていたという要素が共通している。でも書かなかった。記事にしなかった。先輩や同僚たちの空気に自らを馴致してしまい、ニュースバリューがあるという発想を持てなくなっていた。
今の日本のジャーナリズムの問題点はここにある。地盤沈下しているのだ。だから真っ当に雑誌ジャーナリズムを体現する週刊文春が、気がつけば新聞やテレビなどメインストリームメディアの領域であるはずの権力監視までもカバーしてしまっている。
『I〜新聞記者ドキュメント』で僕は、どうしても周囲と調和しないしするつもりもない望月記者をメインの被写体にしたけれど、もっと彼女のような一人称単数の記者が増えなければとの思いは強くなるばかりです。

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