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WEBマガジン 23/09/29


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第143回

件名:映画「福田村事件」を観ました。
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 「福田村事件」観客動員数10 万人突破、おめでとうございます! 試写会のお知らせもいただいたのですが、日程がうまく合わず、公開後の9月に入ってから渋谷のユーロスペースで観ました。

 異例ともいえる(?)ヒットの要因として、貴君もどこかのインタビューで「小池都知事は虐殺の犠牲者に対して追悼文を就任からずっと送っていません。それに対してメディアの人たち、つまり記者とかディレクターとかライターとかもいくらなんでもそれはないと思ったのではないか」と答えておいででしたが、それは確かにあったかもれませんよね。
 だからこそ、このタイミングで映画を撮るのは、大きな意味があったのだと改めて思いました。虐殺について伝え、考えさせる格好の「ダシ」を提供してくれた。良心的なメディア人は、「待ってました! これで書けるぞ」だったと思います。
 (私自身も書評のふりをして、本を「ダシ」にすることがよくあります)。
 関東大震災100年で、関連書籍もいろいろ発行されましたが(辻野弥生さんの『福田村事件』の新装版も)、人々の感情をゆさぶる啓蒙という点では、映画の喚起力はやはり大きいです。

 総論としての好意的な映評はたくさん出ていると思うので、ごく個人的な感想だけを手短かに記しておくと……。
 ★福田村事件は、いくつもの差別が複合的に重なっている点が、映画の素材に適していたといことでしょうか。殺されたのは日本人で、朝鮮人の虐殺を描いていないという批判もあり得る。ただ、殺された香川の行商人一行は被差別部落の人たちだった。彼らが唱える経文が、途中から「水平社宣言」に変わる演出は印象的でした。そこに無理があったとしても、水平社宣言が出たのは関東大震災の前年(1922年)ですから、時代背景としては間違っていないし、よいアイディア。賛否はあると思いますが、私は好きなシーンです。
 ★「朝鮮人だったら殺してもいいのか」という行商人のリーダーが発する台詞が、この映画のキモですよね。それまで「この人たちは日本人だ」という言葉が口々に出る中での、全体をひっくり返す発言。その直後に彼が、女性の手によっていきなり殺害されるのがショッキングです。言葉は通じないんだということの絶望感が伝わります。
 ★集団を描いた作品なので当然かもしれませんが、難をいえば、登場人物の誰に感情移入したらいいいのか、わからない。作中でインテリといえるのは、半島から村に帰ってきた澤田夫妻と村長の田向だと思いますが、彼らは(直接手を下さないまでも)村人たちの暴走を止められなかった。結果的に黙認するという形で加害に加担したことになる。たださ、こういうインテリが殺害に直接かかわるという展開は(映画ではなく史実としては)なかったのだろうか。澤田や田向が、何かのキッカケで殺害に手を貸したら、そっちのほうが怖いよね。
 ★長谷川という在郷軍人を演じた水道橋博士さんの怪演がリアルで、もっとも怖かった。震災虐殺関連の書籍には必ず自警団を扇動した「在郷軍人」が出てきますが、文字情報だけだと、いまいちイメージがわかない。でも、そっか軍服を着て市井で暮らしていたのか……と思うだけでも、ゾッとします。水道橋博士は表情も台詞も不気味で、何考えてんのかわからない。インパクト大でした。

 思うにこれは、劇場公開だけでなく、学校(小中高校)を巡回して上映すべき作品ではないでしょうか。ご存じのように、関東大震災時の虐殺は、歴史修正主義のあおりで学校でもきちんと教えなくなりつつあります。東京都でも横浜市でも、2013年以降、歴史の副読本の記述が後退してしまった。このまま行くと、史実がますます風化していく恐れがあります。
 今般の学校でそれは無理だよね……とつい思ってしまいますが、無理かどうかはトライしてみないとわからない。劇場の観客は、どうしてもシニア層と「意識高い系」の人々に偏ると思うので、むしろ「意識低い系」の若年層にこそ(強制的にでも)見せたいと思いました。

 余談ですが、本日最終回を迎えた朝ドラ「らんまん」でも、先週、関東大震災が描かれていました。かなり踏み込んだ描写ではありましたが、「市中では自警団が出てひどいことになっている」的な台詞はあっても、朝鮮人や主義者に対する虐殺については触れられない。やはりまだ、この加害の歴史についてはタブーなんですね。「知ってはいても言えないこと」が存在するという点では、ジャニーズ事務所の事件や圧力が隠蔽されてきたのと同じ構造を感じます。
 しばらくまだ、インタビューや劇場挨拶が続くことと思います。「インタビューや取材は嫌い」「観る側と観せる側とが言葉でやりとりする質疑応答は、作品で構築した間接話法や隠喩をぶちこわす」とおっしゃるのもわかりますが、いまや時の人ですからね。それもヒットの副産物。どうぞ御身を大切に。

斎藤美奈子

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