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WEBマガジン 23/10/30


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第144回

件名:公開後にうだうだ思うこと
投稿者:森 達也


美奈子さま

10月中旬、映画『福田村事件』の動員が15万人を突破した。およそ40で始まった劇場も200を超えたはず。つまりヒットと言っていいと思う。
ヒットそのものは、もちろん嬉しい。でもこの予想外のヒットに、少しだけ複雑な思いであることも確かです。
SNSなどで検索しても、ネガティブな評価や感想はとても少ない。まったくないわけではないけれど、『A』や『A2』、『311』など、僕のこれまでの作品と比べても相当に少ない。理由はわからない。率直に書けば、決して出来のいい作品ではない。脚本部との確執が理由となって、ひとつの作品としての統合ができていない。後半の編集についてはある程度のイニシアティブをとれたけれど、前半から中盤にかけては、つぎはぎだらけのキメラのような撮影と編集になってしまった。そのしわ寄せで劇伴(音楽)やCGなどデジタル処理にも充分な時間と予算をかけることができず、作品の出来についてはまったく満足できていない。
まあでもテーマについては、「集団化」や「普通の人が優しいままで人を殺す」や「一人称単数の主語」など、これまでずっと言ったり書いたりしてきたことを形にできた。そしてその形が映画の力を借りながら、広く浸透しつつあるとの実感はあります。
……実感はあるけれど戸惑う。何だろ。ずっとマイナー監督だったからかな。喩えれば、長く土の下で暮らしていたのに急に陽の光を浴びたモグラのような気分。
と思わず書いたけれどちょっとだけ補足。多くの人は勘違いしているけれど、モグラは陽の光を浴びても死なない。時おり地面でモグラの死体を見つけるから、地上に出る(日光を浴びる)と死んでしまうとの俗説が広まったらしい。
とにかくモグラ。光がまぶしい。闇はどこだ。ネットで検索しても、反日映画とか監督は半島に帰れとか、自分にとって聞き飽きた声やフレーズはほとんどない。上映中止運動も起きない。自民党議員から、こんな映画に文化庁から補助金を供出しているとはいかがなものか、との声もあがらない。

ただし実のところ、反日映画として上映中止運動が起きない理由のひとつはわかる。これまでこうした声が右翼からあがった作品は、
『ナヌムの家』
『靖国』
『ザ・コーヴ』
『不屈の男 アンブロークン』
『狼をさがして』
『主戦場』
などだが、これらの作品には一つの共通項がある。わかるかな。ヒントは監督。わかりましたよね。これらはすべて、監督が日本人じゃない(『主戦場』のミキ・デザキは日系米国人)。つまり抗議する人たちにとって、日本人じゃない監督が日本をテーマにすると反日映画になるらしい(もちろん、スコセッシの『沈黙 サイレンス』とかアンドリュー・レビタスの『MINAMATA―ミナマタ―』など例外はあるけれど)。
もうひとつの共通項は、ほとんどの作品がまずは『週刊新潮』によって、こんな反日映画を許していいのか的な記事にされること。だいたいはこれがきっかけとなる。
まあでもとにかく僕は生来のネガティブ思考なので、このまま終わるとは思っていない。きっとこれから手痛い目にあう。その覚悟はしている。

今回は多くのメディアからインタビューされたけれど、ほぼ必ず質問されることは以下の3つ。
1, 映画を撮り始めるまでの経緯
2, ドキュメンタリーとドラマの違い
3, 次回作の構想

1と2に対する答えはほぼテンプレ。そして3の次回作の構想については、以下のように答えている。

実はコロナ前からドキュメンタリーを撮り始めていました。コロナとこの映画(『福田村事件』)の撮影があったのでしばらくは休止状態でしたが、また今撮っています。

情報が漏れてしまうと撮影への差し障りが予想されるので、内容についての詳細は言えないしここにも書けないけれど、戦後のメディアにおいてとても大きな不祥事というか事件をテーマにしている、くらいは、ここで書いてもいいかな。
劇映画については、次回はホラーを撮りたいです、と答えていた時期があった。ただしこれもそのときの気分によって変わる。イ・チャンドンの『オアシス』みたいなラブストーリーを撮りたいです、と答えたこともあるし、ゾンビ映画も一本くらいは、とつぶやいたこともある。
例えば南京虐殺とかは、と水を向けられたことがあったけれど、それは即答で否定した。もう充分。とにかく『福田村事件』で、集団や虐殺など長く抱えてきたテーマについては形にできた。撮るならばまったく違うものを撮りたい。自分はあと何年映画を撮れるのか。手痛い目にあうかどうかはともかくとして、今は早く次回作にとりかかりたいと思っています。

森 達也

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