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WEBマガジン 23/12/22


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第146回

件名:自民党の呪い
投稿者:森 達也

美奈子さま

10月下旬から11月下旬まで、4年ぶりにピースボートに乗りました。当然ながらコロナの時期はまったく就航していなかったので、存続できないのではと気に病んでいたけれど、存続どころか船が新しくなって(前の船はかなり老朽化していた)、しかも大きくなった。全長261.3メートルで総トン数は77,441トン。数字で言われてもピンとこないけれど、船内にレストランはいくつもあるし、ジムやバスケットコートがあるし、映画館もあるし居酒屋もある。要するに小さな町と考えたほうがいいかも。
……とここまで書いたけれど、今月はやはり自民党の裏金問題に触れないわけにはゆかない。ピースボートについては次回に回します。

自民党の裏金、あるいはキックバック、あるいは還流問題が表面化したきっかけは、2022年11月6日のしんぶん赤旗日曜版だ。このときは一面で、政治資金パーティー券を20万円超購入した大口購入者の名前を、自民党5派閥が政治資金収支報告書に記載しないままに脱法的隠蔽を行っていたと報じている。しかし大手新聞は動かない。ついでに書けば、安倍元首相の「桜を見る会」をめぐる疑惑を最初にスクープしたのも赤旗。いまやこの国のジャーナリズムは、記者クラブに入っていない週刊文春と赤旗がなければ成り立たない。
今年10月、赤旗の記事中でコメントを求められた神戸学院大学の上脇博之教授が政治資金規正法違反の容疑で各派閥の会計責任者への告発状を東京地検に提出し、ようやく大手メディアが報じ始めた。

常々思うこと。人の適応能力はとても強い。環境に過剰に順応する。赤道直下のジャングルに暮らすこともできるし、北極圏や砂漠にも営みはある。
だからこそ人類はこれほどに繁栄できた。
しかし強すぎる適応力には副作用がある。現在の場や空気に馴致され、抱くべき違和感が起動しなくなってしまうのだ。それは(裏金問題も含めて)、現代日本のジャーナリズムの最前線に端的に現れている。

現在の裏金疑惑、自民党と旧統一教会の不健全な関係、ジャニーズにおける性加害、最近のメディアをにぎわせるこれら3つの事件や不祥事については、二つの共通項がある。そのひとつは、昨日今日ではなく何十年も昔からあったこと。そしてもうひとつは、多くのメディア関係者にとっては既成の事実だったということだ。
でも何十年も問題として提起されることはなかった。一人ひとりの記者やディレクターが、組織や同僚たちの一部になってしまっているからだ。
歯を食いしばりながら頑張っている記者やディレクターの友人はたくさんいる。でも全体からすれば少数派。そしておおむねだけど、そういう人たちは、組織の中でなかなか出世できない。
もしも一昔前ならば、この裏金問題で内閣は絶対にもたない。いや内閣どころか、自民党がもたないはずだ。1993年、リクルート事件や東京佐川急便事件、さらには党の重鎮だった金丸信の政治資金規正法違反や脱税などが大きなニュースとなり、自民党を見限った国民は細川連立政権を誕生させた。
それから16年が過ぎた2009年、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と就任一年で政権を投げ出す首相が続いたことなどで自民党の支持率は急落し、衆議院選挙で圧勝した民主党を中心とする3党連立政権が誕生した。
でも今は、自民党の歴史においても、過去に例がないほどに一強の時代だ。旧統一教会問題で自民党に激震が走ったとき、二階俊博元幹事長が「自民党はびくともしない」と発言したことは記憶に新しい。
確かにそうだ。自民党はびくともしない。政権交代など起きるはずがない。そう思いながら僕はため息をつく。悔しいけれどそのとおりだ。

自民党の歴史は、吉田茂の自由党と、その自由党から離脱した鳩山一郎の日本民主党が合同した55年体制以降だが、日本民主党は自由党の分派的政党だから、戦後の日本政治における与党のDNAは、ずっと一貫されているとの見方もできる。
1995年には阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きて、不安と恐怖を喚起された多くの人はリベラルな村山政権を見限って再び自民党を支持し、2011年には東日本大震災が起きて、やはり多くの人は民主党政権を見限った。

今回の裏金問題の本質は、法の不備などでは決してなく、戦後ずっとほぼ一党独裁政権であることに起因していると思う。そしてその要因のひとつは、権力に対するウオッチドッグであることを放棄してきたメディアの不作為だ。多少のダメージは受けたとしても、結局は元に戻る。
この国は自民党の呪いがかけられているのではないか。時おり本気で思いたくなります。

森 達也

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