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WEBマガジン 24/02/27


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第148回

件名:冤罪と果敢なNHK
投稿者:森 達也

美奈子さま

2月18日放送のNHKスペシャル「続・"冤罪"の深層?警視庁公安部・深まる闇?」は観ましたか?
もしも観ているなら不要とは思うけれど、このドキュメンタリーがとりあげた大川原化工機事件の概要について、以下に少し書きます。

2020年3月11日、警視庁公安部外事一課が、神奈川県横浜市の大川原化工機株式会社の代表取締役と常務取締役、相談役の3名を、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業省の許可を得ずに輸出したとの容疑で逮捕した。
3名は一貫して無罪を主張したが保釈は認められず、拘留中に相談役は進行性胃がんで逝去している。ところが第1回公判直前の2021年7月30日、東京地検は突然公訴を取り下げることを決定し、刑事裁判を強引に終結させた。

裁判直前になって控訴取り下げなど普通はありえない。ならば大河原化工機への捜査や起訴は何だったのか。なぜ3人は一年以上にわたって拘留されたのか。会社が受けた大きな損害は誰が補償するのか。

同年9月8日、代表取締役と常務取締役、そして相談役の遺族は、国と東京都に対して損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に起こし、2023年12月、警察・検察の捜査が違法だったことを認めた東京地裁は国と東京都に合わせて1億6200万円余りの賠償を命じる判決を下したが、今年1月、判決を不服とした国と都は(まさかの)控訴に踏み切り、これを受けて会社側も控訴した。
現状の経緯としてはここまで。大河原化工機側が国と都を訴えた裁判では、証人として呼ばれた公安部外事1課の男性警部補が事件について「捏造ですね」と証言し、その動機については「捜査員の個人的な欲でそうなった」「定年も視野に入ると自分がどこまで上がれるかを考えるようになる」などと答えている。

とにかく異例づくめ。これほどに明らかな冤罪なのに国と都が控訴した理由は、男性警部補の証言が示すように、明らかに組織のメンツと保身のメカニズムが働いているのだろう。
だから警察と検察に言いたい。あなたたちはなんのために働いているのか。誰のための組織なのか。

ずっと死刑制度について考え、そして取材もしているけれど、つくづく実感するのは、検察と警察、そして裁判所の現状が示す刑事司法の問題です。
でも今回は、この冤罪そのものだけではなく、NHKがとても精力的にこの事件について調べ、そして果敢に報道しているということについて書きたいと思っています。
2月18日放送のNHKスペシャルは、「続」の文字が示すように二回目の放送です。新たに入手した警察内部の文書などを大胆に使いながら、警察官や検察官に直あたりしながら、さらに生々しい冤罪の過程に迫っている。
そもそも、同じ話題をNHKスぺシャルで二回とりあげることも極めて異例だけど、昨年はNHKスペシャル以外にもETV特集とクローズアップ現代で、NHKはこの冤罪事件をとりあげています。

すごい。絶対になかったことにしないとの気概を感じる。

これらの番組のメインディレクターはすべて、NHK制作局でETV特集班に所属する石原大史です。これまでも福島第一原発やサリドマイド事件などをテーマに選び、調査報道の手腕で作品として発表し続けてきた石原は、多くの賞を受賞しているディレクターです。
さらにNHKスペシャルについていえば、プロデューサーの一人で報道局社会番組部の内山拓は、映画『福田村事件』をクローズアップ現代でとりあげた男です。その直前までウクライナで取材していた彼は、ジャニーズ問題をNHKで初めて手がけたプロデューサーでもあり、ガザや原発などの取材も続けています。
とにかく果敢。局内ではいろいろハレーションが起きていると思うけれど、二人とも臆したり委縮したりするような気配はまったく見せない。
2月18日放送のNHKスペシャルでも、こうした冤罪が起きた大きな要因として、当時の安倍政権が進めていた中国・韓国への敵視政策と(大河原化工機の噴霧器の主な輸出先は中国と韓国だった)、安全保障の名目で経済活動に政府が干渉しようとする経済安全保障政策であることを、明確に問題として提起している。

何が言いたいのかといえば、NHKにはこれほどに優秀で気骨あるディレクターやプロデューサーがたくさんいるということ。二人だけではない。NHKだけでもない。民放にだってたくさんいます。
テレビの制作現場を離れてもう二十年近く経つけれど、やはりこうした番組を観ると、テレビ出身であることが誇らしくなる。

もうすぐ公開されるドキュメンタリー映画『正義の行方』も、やはりNHKでドキュメンタリーとして放送されて、その後に再編集された作品です。これは絶対に必見。冤罪の可能性がありながら処刑までしてしまった飯塚事件を題材にしながら、警察や司法の歪みだけではなく、メディアの問題にまで踏み込んでいる。
美奈子さんには是非見てほしい。

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