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WEBマガジン 25/01/31


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第159回

件名:中居案件とその周辺
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 2025年1月も本日で終わりです。
 24年末に報じられた「中居正広スキャンダル」になんだかんだ翻弄された1月でした。スポーツ紙以外の全国紙とテレビがこの件を報道し始めたのは、1月9日に中居が「示談が成立したことにより、今後の芸能活動についても支障なく続けられることになりました」という例の一文を含む「謝罪文」を出した後でしたが、ことは中居個人の性加害疑惑を超えて、あれよあれよというまに「フジテレビ問題」に発展。スポンサー企業が続々とCMを引き上げるという異例の事態に至っています。
 23日に中居が引退を発表。27日のフジテレビ10時間マラソン会見を受けて、さすがにもう「飽きた」感じになってきましたが、ネット上の考察合戦はすごいことになっていた。

 2023年は故ジャニー喜多川、24年は松本人志、そして25年は中居正広。
 芸能ニュースであることを超えて、私がこれらに関心を持つのは、重大なセクハラ事案、性暴力事案として見過ごせないと思うからです。ハリウッドの大物プロデューサーが長年性暴力を働いてきた、アメリカのワインスタイン事件(2017年)と構造的にはまったく同じ。
 三つまとめてJMN(ジャニー・松本・中居)事件と呼びたい感じだよね。 
 ワインスタイン事件を公にして「#Me Too」のキッカケを作ったのはニューヨークタイムズでしたけど、日本では週刊文春がその役割を果たしたことになるのかな(その後、文春は一部の記述に関する訂正を出しましたけど)。中居引退、フジ会見の前に書いたものですが、記録として、東京新聞に書いた斎藤コラムを貼っておきます。
 
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T社とF社
 2018年、当時の福田淳一財務事務次官のセクハラ疑惑を報じたのは「週刊新潮」4月12日発売号だった。被害者はテレビ朝日の女性記者で、彼女は上司に何度か相談したが、上層部が対応をしぶったため、週刊誌に通報したという。
 昨年12月に明るみに出たタレント中居正広氏の性加害疑惑もよく似た構図だ。「週刊文春」1月8日発売号によると、被害者はフジテレビの幹部3人に子細を報告したが味方になってもらえず、示談に応じこそしたものの、結果的には週刊誌が報じる形になった。
 内部通報でもみ消されかけた事案が、外部通報によって表に出る。大物を敵に回すリスクを会社側は恐れたのだろう。
 だが事件発覚後の両社の対応は違った。
 報道6日後の18日、福田事務次官は疑惑を否定したまま辞任を表明したが、テレ朝は内部調査をしてセクハラはあったと判断。緊急会見を開き、報道局長が「財務省には被害を受けたことを正式に抗議する」「社員からの情報に適切な対応ができなかったことを深く反省する」と述べた。
 一方のフジは今のところ社員の関与を否定しただけだ。なぜテレ朝のように対処できなかったのだろうか。報道されているように、中居氏に加担した社員がやはりいたのか。示談に応じろと被害者を説得したのも会社ではないのか。そんな疑念がわく。(東京新聞 1月15日)

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接待文化の土壌
 「女子アナ」という言葉はいつから使われるようになったのだろう。
 日本テレビのOB吉川圭三の小説『全力でアナウンサーしています。』によると、発火点は1981年から8年半続いたフジテレビの番組「オレたちひょうきん族」という。〈彼女らは、「ひょうきんアナ」と称され、水や粉をかぶり、彼女たちの自らの意思とはまるで関係なく、「アイドル化・タレント化」が加速していった〉
 アイドル化は他局にも波及して「女子アナブーム」が加熱する。「週刊文春」で2006年から13年間続いた「女子アナ好感度ランキング」とかも、今思えば火に油を注ぐ企画だった。
 中居正広氏の性加害疑惑に端を発する問題はフジテレビ、ひいてはテレビ局全体のあり方にまで波紋を広げている。それはジェンダーギャップ指数世界118位の国の現実とも直結しよう。
 女子社員を接待の場に同席させて酌をさせるといった日本の企業特有の悪習と、女性アナウンサーのアイドル化と、性的トラブルは同じ土壌の上に乗っている。
 もはや時代は変わったのだ。アイドル扱いは古いしダサい。芸能プロよろしく自局の女性アナウンサーをそろえたカレンダー(在京キー局で2025年版が発行されているのはフジ、テレ朝、テレ東)なんてのも、もうやめたほうがよいと思いますね。(東京新聞 1月22日)

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 問題は、この国の「性と権力」に関する文化的土壌であって、中居と被害者とのあいだに何があったかとか、フジテレビの企業体質とかは、べつにどうでもいい。
 実際、この手の事案は、このところ頻発しています(昔からあったことが表に出てきただけかもしれない)。部下の女性検事に対する準強制性交罪に問われ、途中で「無罪の主張」に転じた元大阪地検検事正・北川健太郎の件もそう。やはり性加害で訴えられるも、妻同伴の会見で疑惑を否定した岸和田市の永野耕平市長の件もそう(県議会が不信任決議を突きつけるも、本人は加害を否定して議会を解散した)。芸能界(あるいはテレビ業界)でも法曹界でも地方行政の世界でも、同じようなことが起こってるってことだよね。

 過去にさかのぼると、この種の案件が初めて大きなスキャンダルに発展したのは、1995年の「横山ノック強制わいせつ事件」といえるかと思います。知事選の最中に、運動員の女子大学生に対してノックがセクハラを働いた事件ですね。
 当時の刑法では、強姦罪も強制わいせつ罪も親告罪だったわけですが、被害者がノックを強制わいせつ罪容疑で大阪地検特捜部に告訴。99年にノックは在宅起訴され、2000年に有罪が確定しています。強制わいせつ罪で有罪になったのだから「セクハラ」程度の話ではすまない深刻な事態だったわけですけど、当時のメディアの対応はひどかった。
 「知事が何をやったか」を事細かに報じた男性週刊誌の記事は、どこからみても悪質なセカンド・セクハラで、今だったら完全にアウトです。もっといえば雑誌が廃刊になっても仕方ないレベルです。被害者に同情しているふりをし、ノックを糾弾するポーズを取りながら、微に入り細を穿った中身も、あるいは書き方も、読者の劣情を煽る「ポルノ」に近かった。
 当時はセクハラに対する概念も普及していなくて、これを論評する「識者」の意見の中にも(男女を問わず)ひどいのがけっこうあったしね。
 その頃に比べたら、性加害に対する30年たった今日の認識はだいぶ改善されたとは思います。

 たださ、中居正広案件に戻ると、この件に関してあれこれ論評している論者って、管見が及ぶ限りでは、ほとんど男性なんだよね。YouTubeの時事ネタ関連チャンネルとか。
 中居案件は詳細が発表されていないので、「9000万円もの解決金が生じる事態とはどんなことか」にどうしても興味が集中する。それはわかります。でも、私の率直な感想を言えば「あーあ、男たちが発情してるよ」です。被害者に同情し、加害者を糾弾するポーズは崩さず、しかし「何が行われたか」に過剰な興味を示す。そこに劣情がないとは言えないでしょう(メディアに登場する数少ない女性の論者が構造を問題視しているのとは対照的です)。横山ノック事件をポルノに近い形で消費した週刊誌報道と同質の匂いを感じる。その意味では週刊文春もやはり男性週刊誌なんだよね(文春はノック事件を報じた30年前の週刊誌よりずっとマシですが)。
 
 もうひとつ、この件で改めて感じたのは、年齢の問題ね。
 中居正広はアイドル出身の人気タレントで、SMAPの全盛期を知っている私たちからいえば「中居クン」だけど、とはいえ彼はもう52歳で、立派なオヤジないしはジジイなわけよ。被害にあいやすい20代女性にしてみたら、父親と同じか、それ以上の世代なわけで「気持ち悪い」以外の何ものでもない。60代の松本人志も当然ながら同じです。中居も松本も、売り出し中の大スターで、モテモテだっただろう20代、30代の頃とはもう違うのよ。
 こうした案件では常に「同意」があったかなかったかが問題になりますが、基本、20代の女性が50代、60代の男性に誘われて「心から同意」すると思うか考えてみてほしい。若い女性がオヤジに迫られて「嬉しい」と思うかどうかを。いささか差別的な言い方をすれば、中高年男性は、そこにいるだけで、強権を発動し「気持ち悪い」「寄ってこないで」な存在なわけよ。
 自分を過信しないほうがいいですね、特にかつてモテた男性は。

斎藤美奈子

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