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WEBマガジン 26/04/30


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第174回

件名:肥大化する日本の犯罪報道
投稿者:森 達也

美奈子さま

京都の男児遺棄事件や旭山動物園の妻遺棄事件などの報道を見聞きしながら、地上波テレビのニュースにほとんど興味がなくなっている自分に気がついた。
……表現としてちょっと変かな。興味がないのなら観なければいいだけの話だけど、でも世間がこの2つの事件で大騒ぎをしていた時期は、アメリカとイランがパキスタンで和平協議を開催したが合意に至らず、トランプがホルムズ海峡を封鎖すると宣言して二回目の和平協議の行方はどうなるのかとか、とにかく世界的な大きなニュースが続いた時期に重なる。ニュースを観ないわけにはゆかない。でも誰かが誰かに刺されたとか殺したとか死体を遺棄したとか首を絞めたとか、そんな情報はもう観たくないし聞きたくない。
補足するけれど、「残虐だから」とか「心が痛むから」とかの理由で、「観たくないし聞きたくない」と書いたわけではない。そこまでヤワじゃないです。純粋に興味がないのだ。その意味ではアメリカ大リーグの日本人選手の活躍も同じ。まったく興味がない。ニュースでスポーツ・コーナーが始まるとすぐにチャンネルを変える。でもそんなときは他局のニュースでもスポーツ・コーナーを放送している場合が多い。
だから最近は、地上波ニュースではなくNHK―BS放送などでオンエアされている国際報道番組を観る。「キャッチ!世界のトップニュース」や「ワールドニュース」などいくつかあるが(一部はNHK総合でも観ることができる)、ついこのあいだはハンガリーの選挙についての特集を見た。その前は軍政に抵抗するミャンマーの市民たちの現状。内戦が長引くスーダンの課題と問題点も興味深かった。もちろん、今も爆撃が続くレバノンやウクライナの現状、アメリカとイランの停戦協議の行方なども、ほぼ毎日伝えてくれる。
だからあらためて思う。なぜ日本の地上波ニュースは、誰かが誰かに刺されたとか殺したとか死体を遺棄したとか首を絞めたとか犯罪報道ばかりなのか。
印象論ではない。日本の地上波ニュースにおける犯罪報道の比率は、世界的に見ても突出して高い。夕方から夜の報道番組で事件報道の割合は、アベレージで3〜4割が通常だ。ちなみにワイドショーなど情報系番組ではこの数値はさらに跳ね上がり、大きな事件が起きれば番組の半分以上を費やすことも珍しくない。
欧米の多くの国のニュース番組は、事件報道は1割前後に抑えられることが通常だ。ならばなぜ、日本の犯罪報道が肥大化するのか。
その背景には、警察発表をそのままニュース化できる記者クラブ制度の存在や、政権批判を回避しがちな空気もあるだろう。でも最大の要因は視聴率だ。多くの人が強く反応するから、番組はそこに時間を投じる。需要があるから供給がある。要するに市場原理。
視聴率はテレビ局にとっては売り上げを意味する。営利企業なのだから売り上げを追うことは当たり前。それにニュースの定義のひとつは「多くの人が知りたがること」なのだから、この循環は一概に間違いとは言えない。
でもさあ、その結果として犯罪報道ばかりが突出して、社会はどんな影響を受けるのか。つまり不安社会だ。
日本は統計上、世界有数の低犯罪率国であるにもかかわらず、「体感治安」はきわめて悪い国となっている。2002年をピークに刑法犯認知件数は大幅に減少したが、「治安が悪化した」と感じる人の割合はその後に急増した。犯罪への恐怖は、犯罪件数の単純な反映ではなく、メディア報道や社会的言説によって形成される側面が大きい。
1995年の地下鉄サリン事件以降、犯罪は「数字になる(視聴率をとる)」という認識が業界で共有された。タイトルに事件名を冠するだけで視聴率が跳ね上がる。ワイドショーは芸能中心から事件中心へと軸足をシフトした。こうして皮肉なことに、犯罪件数が減少していく時期に、日本の犯罪報道は増大していった。
何かを増やせば、何かが減る。日本のテレビニュースでは、犯罪報道の拡大と並行して政治報道の比率が低下した。国際比較でも、日本のテレビニュースに占める政治ニュースの割合は1割前後と低い水準にある。欧米ではほとんどが3〜4割だ。さらに、スポーツの比率が突出して高いことも日本のメディアの特徴。こうして結果として、ニュースの主軸は犯罪とスポーツになり、政治や外交は後景に退いてしまう。
海外から来た人の多くが日本のニュースを見て、治安の良い国と聞いていたのに犯罪が多いと驚くことがあると聞いたことがある。でもやがて気づく。多いのは犯罪そのものではなく、犯罪報道の量なのだと。
テレビがオワコンと言われて久しい。勝手にダメになったわけじゃない。市場原理が示すように、メディアは社会との相互作用によって造形される。
…そう言ってテレビを庇いたいという気持ちはあるけれど、やはり日本の組織ジャーナリズムが今、相当に危うい位置にまで来てしまっていることは確かだと思う。
ジャーナリズム(メディア)の最大の使命は何か。なぜ英語圏ではWatchdog(番犬)と呼ばれるのか。そして番犬ならば、何から何を守るのか。あらためて思いだしてほしい。

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