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WEBマガジン 26/08/28


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第178回

件名:「声」を軽視するテレビドラマの吹き替え版
投稿者:森 達也

美奈子さま

普段はテレビドラマをあまり、というかほとんど観ない。
理由はそれほど複雑ではない。テレビドラマはほとんどが連続ドラマだから。つまり鑑賞するためには、それなりの時間をかけなくてはならない。その価値はこのドラマにあるのか。最終回を観終えてから失敗したと思うことだけは避けたい。
でもこのあいだ、テレビ朝日の「大空港」をたまたま観た。空港を舞台に税関職員たちの仕事を描いた連続ドラマ。キャストも豪華らしい。以下は(少し長いけれど)テレ朝の公式ウェブサイトからの抜粋です。

『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』や『緊急取調室』『おコメの女−国税局資料調査課・雑国室−』など、これまで数々のヒット作を生み出してきたテレビ朝日の看板ドラマ枠《木曜ドラマ》に、この夏、かつてない空港エンターテインメント『大空港〜GATE24〜』が誕生します。主演を務めるのは、約1年半ぶりのドラマ出演で、テレビ朝日系連続ドラマでは初主演となる趣里! 国の境界線=ボーダーとなる空港を舞台に、趣里演じる鋭い観察眼を持つ税関職員をはじめ、各省庁から寄せ集められたメンバーから成る"新設チーム"が《最強の門番》へと覚醒し、日本の平和と安全を守るために奮闘する、《痛快エンターテインメント》です。
密輸や偽造パスポート、人身売買、テロ――。国際犯罪が巧妙化・深刻化の一途をたどる中、それらを水際で防ぐ"国の最終防衛ライン"となる空港の《入管》と《税関》。
ここ数年、訪日外国人が急増し、その現場はかつてない困難を極める中、迅速かつ一括対応を可能にするべく縦割り構造を排除した内閣官房直属のスペシャルユニットが発足――その名は「GATE24」(Global Airport Task Enforcement)! しかし…現実はその壮大な構想とは程遠く、多様な省庁の管轄が複雑に入り組む空港の中で各省庁からの協力を得られず、現場からも"腫れ物"扱い。さらに「GATE24」に割り当てられたのはメインゲートから遠く離れた空港の隅で、臨時便や小型便ばかりを扱う小さな審査ブース。その存在は《空港審査の補欠》のようで…!? そんな厳しい状況下で始動した「GATE24」が、法律や制度、人情が激しく交錯する審査の現場で衝突しながらも組織の壁を越え、次第に日本の境界線(ボーダー)に立つプロフェッショナルとして成長していく姿を爽やかに描きます。

入管法改正を軸に厳格化が進み、在留資格更新・変更手数料を一律6000円から期間に応じ最大7万5000円に、永住許可も1万円から20万円へ大幅値上げして、さらに永住要件を所得・日本語能力・居住年数などで厳格化しながら経営・管理ビザの資本金を500万円から3000万円に引き上げるなど、日本の排外的な傾向がどんどん強化される現状において、入管を称揚するドラマはどうなのか、と思いたくなるけれど、今回はそこには触れない。
観たのはほんの数分だけ。たまたまチャンネルを換えたら映っていたという感じ。番宣はずいぶん派手に放送していたから、ああこれが例の番組か、という感じで観始めて、すぐにチャンネルを換えるつもりだったのだけど、でもあるシーンでリモコンを持つ手が止まってしまった。
入国審査官から質問された外国人が答えるとき、吹き替えで日本語が流されたのだ。つまりボイスオーバー。それも一回や二回じゃない。外国語の台詞はすべて吹き替え。
洋画を観るときは、吹き替え版は基本的には観ないことにしている。だって「声」は重要だ。アンソニー・ホプキンスやナタリー・ポートマンの声はホプキンスやポートマンの一部。他の誰かの声では絶対に違和感がある。もしも俳優の顔や姿形をCGやAI加工で変えられたら、何だこれはと誰もが怒るはずだけど、声に対してはスルーらしい。
でもそれも洋画の場合。少なくとも日本のテレビドラマで、バラエティ番組のようなこんな吹き替えを僕は過去に観たことはないし、それは多くの人も同じはずだ。
そう思いながらネットで検索すると(きちんと調べたわけじゃないが)、違和感を持った人はむしろ少数派らしい。
もちろん「いきなり再現ドラマのようだ」などと違和感を表明する人もいたけれど、その多くは「斬新!」「吹き替えが洋画のよう!」「え?トム・クルーズ?(トム・クルーズの吹き替えをよくやる声優が起用されたらしい)」などと称賛している。特に以下の投稿に注目したい。
「大空港ドラマで外人の吹替は、とても良いと思います」「テレビから離れても聞こえるので助かります」
吹き替えの意味はまさしくこれ。画面に集中しなくても声は聴くことができる。ご飯を食べたり誰かとお喋りしたりしながらも、とりあえず声は耳に入ってくる。
でもなあ、それはドラマを制作して発信する側(つまりテレビ)の自滅行為だと思うのだけど。
ネットには、この番組のプロデューサーのインタビュー記事も掲載されていた。以下に抜粋します。

今作の峰島あゆみプロデューサーはこの演出について「万智や早見の脳内変換を視聴者の皆さまに見ていただいているイメージです」と明かした。「もし外国人キャストを吹き替えにせず字幕にすると、それに応じる万智たちも英語で会話を続けることになり、結果として1時間ほぼ字幕を追うドラマになります。日本人のキャストの日本語のお芝居を見てもらいたいという意図もございます」とリアルに描くより、日本語を主軸として視聴者が没入しやすい演出方法をとった。
「吹き替えには金曜ロードショーのような洋画を観る懐かしさがあり、それが逆に今、新鮮で、このドラマならではの個性や色になるのではないかとも感じました」とさらなる狙いも告白。ドラマでは斬新な方法ゆえに「カメラテストなどを重ねて検証した上で、"これなら成立する!"と判断し、挑戦しています」と吟味した上で作品に取り入れた。
大塚明夫氏など人気声優が吹き替えを担当したこともあり、SNSでは「日本語吹き替えの切り替わりめっちゃ好き」「声優さんが豪華」など反響も大きい。峰島氏は「さまざまなご意見をいただいておりまして、それだけ多くの方に印象を残した演出だったのではないかと感じています。我々としても、この挑戦をしてよかったと思っています」と手応えを話した。

声はその人を現す。少し前に「人は見た目が9割」という本が話題になったけれど、音声認知を専門に研究する山ア広子(妻です)によれば、実は声が他者に与える影響力は、姿かたち以上にとても大きい。
同時に声はその人の生育や環境を現す。例えば東南アジアの人たちがもしも北欧に生まれて生育していたら、その声はまったく違うものになっているはずだ。
そもそも日本人は、声だけではなく音に対しても、とても寛容すぎるというか鈍感だと思う。ラーメン屋や居酒屋に入れば、その多く(特に大手チェーン店)は有線放送が絶え間なく鳴り響いているけれど、ヨーロッパでこんなお店はありえない。まあ有線放送があるかないかの違いはあるけれど、そもそもなぜこれほどに(有線が)普及したのかとの問題提起もこれに重なる。
例えば認知科学的には、日本語を母語とする人は「虫の声や自然音、人の声、雑音」を言語と同じ左脳で処理する傾向があるが、欧米言語の母語話者はこれらを右脳(音楽や環境音を聴く脳)で処理するから、過度な音量は不快な「ノイズ」になりやすいとか、欧米(特に英語圏)の発声は胸腔を響かせる低音域(周波数が低い)が中心だが、日本においては高音域の通る声(いらっしゃいませ!などの甲高い声)が「歓迎」「活性感」の象徴として消費されてきた歴史があるとか(だから日本女性の声は世界一高い)、いろいろ論点はあるけれど(女性の声に関してはジェンダー的な考察も重要)、それらの論点をここで書くほどの紙幅はない。
話を戻します。ドラマの吹き替え。僕は絶対に違和感あるのだけど、多くの人がこれを支持するならば仕方がない。でもなあ、それはやっぱり表現する側の後退だと思うのだけど。

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