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第6回 2−2 笑えない笑い話との格闘(その2) |
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黒田龍之助 Web連載 「ぼくたちのロシア語学校」
予科の授業は入門科の復習からはじまった。基本は『標準ロシア語入門』である。これを完全に身につけることが何より重要なのである。 はじめの30分くらいはすでに学習した『標準ロシア語入門』の露文和訳と和文露訳が、入門科のときと同様に口頭でおこなわれる。予科の1回目は1課と2課、2回目は3課と4課といった具合で、入門科よりは遥かに速く進む。かつて入門科で16課からはじめたわたしには、その前の課についても発音を確認してもらえるので、ちょうどよかった。 ただし2課ずつ進むのは12課まで、13課以降は1課ずつ復習していく。確かに13課以降は難しく、忘れている箇所も多いから、丁寧に復習したほうがいい。 復習が終わると、別の教材に移る。
『言語能力発達教材』 Пособие по развитию речи
直訳すると児童向け知育教材みたいだが、そうではない。これは外国人向けのロシア語初級読本である。全編にわたってロシア語のみで書かれている。市販されているものではないので、多喜子先生から直々にいただいた。 奥付も何もないので詳細は分からないが、今、まえがきを読んでみると、モスクワ大学で外国人向けロシア語教育に使われた補助教材らしい。 だが、当時のロシア語能力ではまえがきを理解することができなかったし、そんなことに興味を持つ前に、本文をよく予習して、授業に備えることのほうが大切だった。
この教材には短いスキットがたくさん収録されている。叙述文もあれば会話文もある。本文に対する質問みたいなものもあるが、先生は必要に応じて省略した。なるべくまとまった文を読ませ、それを正しく発音させ、暗唱させ、さらには内容について質疑応答をさせる。それがミールだった。
本書は「わたしの家族」という話からはじまる。
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わたしの名前はディアロです。わたしはギニア人です。 わたしの家族はギニアに住んでいます。 わたしには父と母と妹と弟がいます。 わたしの弟は中学生です。彼の名前はハッサンといいます。 わたしの妹は中学生です。彼女の名前はディアナといいます。 妹は読書が大好きで、弟は絵をかくのが好きです。
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これまでの『標準ロシア入門』と違って、知らない単語は自ら辞書で調べなければならない。入門科では辞書など不要だったが、ここでいよいよ登場となる。ほとんどの単語は知っていたが、それでも二つだけ分からなかった。 ギニア人(男) гвинеец ギニア Гвинея
かつてモスクワ大学では、いわゆる「第三世界」からの留学生が多く学んでいた。彼らはソ連に到着後、まずロシア語を集中的に学び、それから各学部で専門の勉強をする。これはそういう人たちのための教材だったのである。 調べてみれば、ギニアは1958〜84年まで社会主義施策を敷いていたそうだから、教材にモスクワで勉強するギニア人が登場しても、さほど違和感もなかったのだろう。
この文にはさらに続きがある。
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今わたしはモスクワに住んで、ロシア語を勉強しています。 わたしにはペドロという友人がいます。彼はキューバ人です。わたしたちはいっしょに住み、学んでいます。 わたしはペドロがロシア語でテキストを読むのを聞いています。彼は速く大きな声で読んでいます。ペドロはわたしが読むのを聞いています。 それからわたしたちは休憩してお喋りをします。ペドロはわたしの父の仕事を尋ねます。わたしは彼が農民だと答えます。
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ギニア人に続いてキューバ人の登場であるが、背景が想像できるからもう驚かない。 ディアロとペドロは大学寮で同室という設定なのだろう。2人の共通語はロシア語らしい。部屋ではそれぞれが発音練習をしている。やっぱりミールみたいな教育を受けていたのだろうか。
このような他愛のない物語は、復習にもってこいである。とくに面白いわけではないが、自分の知っている文法と語彙から外国語文が理解できることは、それなりの喜びをもたらす。 もちろん、ミールではそれだけではダメで、きちんと発音し、暗記しておくことが要求されるのだが。
この教材は先へ進むに従って、話の内容も複雑になってくる。「初の女性宇宙飛行士」のようなソ連の自慢話みたいなのもある。 だがそれも悪くない。外国語を学ぶということは、その思想に賛成するかどうかの前に、その言語が使われる地域における常識を身につけることが必要なのだ。国威発揚みたいな話も、そう考えればおつき合いできる。
それよりもつらいのが、アネクドートである。
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