現代書館

WEBマガジン 17/07/04


第7回 2−3 笑えない笑い話との格闘(その3)

黒田龍之助 Web連載 「ぼくたちのロシア語学校」


 アネクドートанекдотといわれても、あまり馴染みがないかもしれない。逸話、奇談、さらには風刺小話などと説明される。英語でもanecdoteという。
 『言語能力発達教材』にはオチのない物語と合わせて、アネクドートもたくさん収録されている。ところが、これがなんとも微妙なのだ。

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 「今日は何日だか知ってる?」
 「テーブルの上に新聞があるから、見てみれば」
 「でもあれは昨日の新聞だよ!」
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 ……かなり微妙ではあるが、これでもまだマシなほうである。短いし、「昨日の」という形容詞が軟変化型であることが覚えられる。
それでは、これが笑えるかと問われれば、少々つらい。

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 授業中に先生が質問をします。
 「アフリカと月とでは、近いのはどちらでしょうか?」
 「月です」と生徒が答えます。
 「月ですって? どうしてそう思うのですか?」
 「だって月は見えますが、アフリカは見えませんから」
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 これなんか気に入っているほうで、アフリカを所沢に換えて、高校入学後に遠い埼玉県まで引っ越した友人をからかったものだ。許せ、石川。

 とはいえ、こういった微妙なアネクドートを題材に、授業中に質問されるのは実に困る。
藤沼先生がのんびりとした穏やかな声で、

 「《この話はどこが面白いのでしょうか?》」
 (この先、《 》内は本来ロシア語であることを示す)
 いや、別にどこも面白くないんですけど。

 ときには完全に理解不能なアネクドートもあった。

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 一人の旅行者がロンドンに行きました。そこはいつでも悪天候でした。あるとき彼が尋ねました。
 「あなたがたのロンドンでは、いつでもこんなに天気が悪いのですか? 夏はいつなんですか?」
 「どうもお答えするのが難しいですな。去年の夏は水曜日でしたがね」
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 ???

 さっぱり分からないわたしに、やはり藤沼先生は、
 「《黒田さん、この話はどこが面白いのですか?》」
 「《分かりません》」
 「《文法か語彙が分からないのですか?》」
 「《いいえ、文法も語彙も分かります。ただ、何が面白いのかはさっぱりわかりません》」

 このやりとりのほうが、よっぽどアネクドートである。
藤沼先生によれば、悪天候のロンドンには夏なんてほとんどなくて、たった1日だから、人はその曜日まで覚えているところが面白いのだという。はあ…。

 それ以降は予習に際して、ロシア語の文法や単語だけでなく、どこが面白いのか、話のオチは何なのかも合わせて考えるようになった。

 アネクドートは短いものが多いが、『言語能力発達教材』にはときに長めの話もある。

 「『プラウダ』紙」という話は1917年から始まる。
 スラーバという少年が、革命家である父親のために毎日『プラウダ』という新聞を買い続ける。ブルジョワ政権が『プラウダ』紙を警戒し、入手が困難になったときも、スラーバは買い続けた。
 十月革命が成功した後、レーニンは1917年に発行された『プラウダ』紙が手元にまったくないことに気づく。
そこでスラーバは父親を通して『プラウダ』紙のバックナンバーをレーニンに送り届けた。
 レーニンは後にスラーバ少年と会うのだが、物語はそのときに交わされた会話で終わる。

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 「スラーバくん、こんにちは。君が取っておいてくれた新聞はとても役にたったよ、ありがとう。君は将来、何になりたいのかね?」
 「ぼくは革命家になりたいです」とスラーバは答えました。
 「なるほど、そりゃ何よりだ!」
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 あはは。これは笑える。革命が成功したソ連で革命家になったら、それってレーニンの敵だよね。おかしいな。
 
 だが授業中、この部分を笑うクラスメートは誰もいなかった。先生もこの物語の面白いところを質問してこない。
どうやらソ連では革命が成功しても、世界的には未完成だったから、革命家志望は歓迎らしい。
 
 おかしいのは、そんなバカな読み間違えをしているわたしのほうだった。

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