現代書館

WEBマガジン 17/08/29


第11回 3−3 一生のバイブルとの出合い(その3)

黒田龍之助 Web連載 「ぼくたちのロシア語学校」

 
 いつしか大学2年生になっていた。講義は面白かったし、友人との付き合いは楽しかったし、何もかも順調だったのだが、ロシア語を専門的に学びたい気持ちはますます増大し、次第に抑えられなくなってきた。とはいえ、池袋の大学でロシア語が専攻できないことは、当初から分かっていたこと。それでも勉強したければ、大学を移るしかない。
 
 ロシア語が専門的に学べる首都圏の大学で、どこか編入できるところはないかと調べてみた。某国立大学に問い合わせると、ロシア語の科目を24単位以上取っていれば受験資格があるといわれた。そんなにたくさん単位が取れるのは、専攻できる大学以外にないではないか。
 問い合わせの際に電話で対応した大学職員に尋ねると「そういうことになりますね」という冷たい返事。この大学とは縁がないようだ。
 
 一方、四谷にある私立大学に問い合わせると、ロシア語に限らず、何でもいいから単位を一定以上取得していて、2年生が修了見込みだったら、誰にでも受験資格があるとのこと。しかもロシア語学科編入では、試験科目はロシア語だけだという。
 これだ。
 わたしはこの大学への編入試験を目指すことにした。
 
 しかしここで再び壁に突き当たる。わたしは試験が苦手なのである。いったいどうやって受験勉強すればいいのだろうか。
 そもそも編入試験の合格基準が何なのか、はっきりしなかった。当時の大学なんて、そんなものだったのである。
 
 そこで自分で考えることにした。試験に合格した者は3年生に編入することになるという。ということは、2年生までに勉強する内容が理解できていることが最低条件ではないか。いや、それだけではダメだ。それを超えるくらいの学力がなければ、大学だってわざわざ受け入れないに違いない。
 ミールのクラスに四谷の大学のロシア語学科卒業生がいたので、2年生ではどのくらいの内容を勉強するのか尋ねてみた。親切なクラスメートは、かつて学んだ大学の教材を後日わざわざ持ってきて、わたしに見せてくれた。おかげで、かなり細かい知識まで求められていることが分かった。
 
  *         *          *

 さて、具体的にはどうやって勉強しようか。
 わたしは多喜子先生に相談した。
 「まずミールの授業をしっかりと受けてください」
 それは当然です。
 「そのうえで、プリキナの文典のうち、形態論のところだけを勉強するといいでしょう」
 
 プリキナの文典とは、吾妻書房から出ている『新ロシア語文典』(稲垣兼一・初瀬和彦訳)のことである。もともとはロシア語で書かれた外国人学生向きのロシア語文法書で、原著者はロシア語学者のイリザ・プリキナとエカテリーナ・ザハワ=ネクラソワ、そのうちの一人の名前から、学習者の間ではプリキナと呼びならわされている。
  いまでは絶版となって久しい『新ロシア語文典』だが、1980年代では入手可能な文法書の中でもっとも詳しく、わたしも購入していた。
 形態論の部と措辞論の部からなり、そのうち形態論は名詞、形容詞、代名詞のように品詞別に詳解される。この部分を学習すれば、品詞についてはかなり細かい知識まで身につけられるから、編入試験に向けての受験勉強には格好の教材である。
 
 ただし『新ロシア語文典』は全400ページ、形態論だけでも200ページを超える。これをミールの授業のように徹底的に暗唱するのは、ほとんど不可能である。そもそも文法の細かいところに自信がない。本科への進級だって、多喜子先生におまけしてもらって、やっと入れたくらいである。
 
 そこでわたしは再び『標準ロシア語入門』を取り出して、もう一度読み直すことにした。ロシア語文法の基礎を復習してから、『新ロシア語文典』を少しずつ読み進めていくという方針を立てたのである。
 どんな教材にせよ、同じロシア語文法には違いない。『文典』はそれが詳しいだけのことだ。細かい知識を覚える前に、何が基本で何が応用か、まずはこれを押さえておかなければ。
 
 わたしはこの先も、節目節目で『標準ロシア語入門』を読み返すことになる。


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